これからの人生カフェ

主に中高年の人生について考える哲学カフェです!

第117回  人生カフェ 

この回は事前申込み不要です。 

  〈テーマ〉 おひとりさま

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「おひとりさま」という言葉から何を思い浮かべますか?

「おひとりさま」は、かわいそうでしょうか?

「おひとりさま」や「孤独」について考えます。
参加者の方には当日各自の「おひとりさま」にまつわる問いを出していただきます。

日 時:平成30年11月16日(金) 午後7時~9時 

会 場: 東京都新宿区立新宿消費生活センター分館 会議室
          新宿区高田馬場1-32-10
       (高田馬場駅戸山口から徒歩2分、山手線、西武新宿線、東西線)
       
http://consu.shinjuku-center.jp/Access 

進行役:本間正己

参加費:500円 

  飲み物などは各自で自分の分を調達してください。(ただし、アルコールは不可)  

第118回  人生カフェ  

この回は事前申込み不要です。

  〈テーマ〉 東大の中心で、老いをさけぶ

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今回は、東大駒場祭の中の《こまば哲学カフェ》の1コマとして実施します!

 

「老い」とは何か?が中心テーマです。「老い」の反対概念である「若さ」についても考えます。若い人の参加も期待しています!

 

 比較的オーソドックスな哲学対話のやり方でやります。チェックイン(「どんな時に老いを感じるか?」、1人1分以内)、問い出し(例:「老いによって何か得するか?」)、4人グループによる対話、全体での対話、チェックアウト(感想、おみやげとして持ち帰る問いなど)、といった感じです。

 

 コミュニティボールなどを使って、ゆるゆると始めます。

ご参加をお待ちしています。

日 時:平成30年11月24日(土) 午後1時30分~3時30分  

会 場: 東京大学駒場キャンパス 516教室(5号館1階)

進行役:本間正己  

参加費:無料  

       飲み物などは各自で自分の分を調達してください。(ただし、アルコールは不可)  

◎駒場祭のホームページ

https://www.komabasai.net/69/visitor/

第119回  人生カフェ 

 

〈テーマ〉 普通

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「普通」とは、どういうことでしょうか?
「普通の人」ってどんな人ですか?
「普通」について考えます。
参加者の方には当日「普通かどうか疑問に思っていること」を出して頂きます。
: 結婚するのが普通ですか?  結婚したら子供を作ることが普通ですか?
定職に就くことが普通ですか?  恋愛対象は異性なのが普通ですか?
恋愛対象は一人だけなのが普通ですか?  友達がいるのが普通ですか?
空気を読んで行動するのが普通ですか? 

日 時:平成30年12月7日(金) 午前10時~12時   

会 場:PRONTO高田馬場店 (禁煙席の奥の方の6人テーブル)
https://www.pronto.co.jp/shop/detail?shopid=PR00000252 
新宿区高田馬場1-33-13千年ビル(道路からだと1階に当たります。)
 JR、西武新宿線 戸山口徒歩1分

  

定 員:6名(最少催行人員4名)   

進行役:高橋あずさ 

参加費:カフェPRONTOでの自分の飲食代のみ 

 申込み:事前にメールで。人生カフェ受付(担当:高橋)    

    jinsei_cafe@outlook.com 開催日の前日までにお申し込みください。 

 初参加者は会員登録が必要です。氏名(フルネーム)、年齢をお知らせください。  

こちらからの返信メールが 届かない方がいます。解除操作をしておいてください。



第120回 人生カフェ 

 

〈テーマ〉本『考えるとはどういうことか』

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『考えるとはどういうことか』0歳から100歳までの哲学入門(梶谷真司著、幻冬舎新書)を素材にします。

当日前半は、感想、良かったところ、学んだところなどを述べ合い、後半は批判的にも読み合います。

 

日 時:平成30年12月8日(土) 午後4時30分~7時 30分 

(この日は開始が午後4時30分からです。)

会 場:いつもと会場が異なります!
 カフェ・ミヤマ 高田馬場駅前店 [3号室](会議室)
 東西線・高田馬場駅の中央の改札口の階段の途中です。
 少々分かりにくいです。
 https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130503/13101541/dtlmap/

 

 

 

定 員:10名(最少催行人員4名)  

進行役:本間正己  

参加費:1,200円(飲み物代を含む) 

申込み:事前にメールで。人生カフェ受付(担当:高橋)   

    jinsei_cafe@outlook.com 開催日の前日までにお申し込みください。   

 初参加者は会員登録が必要です。氏名(フルネーム)、年齢をお知らせください。 

こちらからの返信メールが 届かない方がいます。解除操作をしておいてください。


第121回 人生カフェ  

〈テーマ〉来年の夢・将来の夢

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  来年の夢、将来の夢について、「幸福シート」を作成しながら、語りあいます。

 「幸福シート」とは、簡単な質問項目に答えるもので、当日に記入できます。あらかじめどのようなものか知りたい方は、以下を見てください。(プログラムシート)


https://myasami-honma.jimdo.com/レジメ-プログラムシート/

日 時:平成30年12月22日(土) 午後1時30分~5時  

会 場:いつもと会場が異なります!

新宿区榎町地域センター  3階 美術工芸室
      新宿区早稲田町85
     地下鉄東西線早稲田駅1番出口徒歩7分
http://www2.odn.ne.jp/~hak91920/page007.htm

定 員:8名(最少催行人員4名)  

進行役:本間正己  

参加費:500

  飲み物などは各自で自分の分を調達してください。(ただし、アルコールは不可)  

 申込み:事前にメールで。人生カフェ受付(担当:高橋)   

     jinsei_cafe@outlook.com 開催日の前日までにお申し込みください。    

 初参加者は会員登録が必要です。氏名(フルネーム)、年齢をお知らせください。 

こちらからの返信メールが 届かない方がいます。解除操作をしておいてください。

2018年8月11日 (土)

人生カフェとは

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◎参加申込は人生カフェ受付まで。(担当:高橋)

jinsei_cafe@outlook.com

◎参加申込以外の問い合わせは本間まで。 

mgasami.honma@gmail.com

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
人生カフェ・過去のテーマ一覧  2014年6月28日から
1 幸福とは何か 51 『14歳からの哲学』を読む①「考える」「言葉」
2 愛とは何か 52 人が変わるとは何か *
3 先生とは何か  53 気持ちを大事にするとはどういうことだろう
4 自由とは何か 54 なぜ人は依存するのか *
5 欲望とは何か 55 人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ
6 時間とは何か 56 幸福は人生の目的か
7 幸福とは何か 57 真面目ってどういうことだろう? *
8 私の身体とは何か 58 『14歳からの哲学』を読む②「自分」
9 大切なものとは何か  * 59 対話と人間関係
10 別れとは何か 60 会話をしないってどういうことなんだろうか?*
11 怒りとは何か 61 『14歳からの哲学』を読む③「他人」
12 幸せとは何か * 62 人の不幸を想像するのに訓練や経験は必要か?*
13 経験とは何か 63 『14歳からの哲学』を読む④「死」
14 死とは何か * 64 キーワードから対話する①
15 嫉妬とは何か 65 仲間とは何か
16 幸福シートの作成  66 『14歳からの哲学』を読む⑤「人生の意味」
17 年を取るとは何か * 67 「受け入れる」とはどういうことだろう?
18 将来の夢とは何か 68 幸福論について
19 悲しいとは何か 69 家族とは何か
20 なぜ人は話をしたくなるのか 70 キーワードから対話する②
21 私と他人とは何か 71 人間関係
22 自分の人生上の悩みを話すカフェ 72 『あなたの人生が変わる対話術』を読む
23 人生の意味とは何か 73 子どもとは?大人とは?
24 いちばん大切なものは何か * 74 人生100年時代×働くとは?
25 痛みとは何か 75 哲学カフェとは?人生カフェとは?
26 『いい言葉は、いい人生をつくる』を読む① 76 来年の夢
27 幸せとは何か  77 優しさ
28 自分の人生上の悩みを話すカフェ 78 悩み
29 心とは何か 79 お金
30 感動とは何か * 80 恋愛『Jポップで考える哲学』
31 宗教・哲学・科学とは何か 81 美しさ
32 『いい言葉は、いい人生をつくる』を読む② 82
33 論理と感情とは何か 83 長生きはいいことか?
34 自分の人生上の悩みを話すカフェ 84 『君たちはどう生きるか』
35 同情するのは悪いことか 85 人生の後半
36 日常生活の冒険とは * 86 怒り
37 なぜ私たちは対話するのか 87 わかっちゃいるけど…
38 『嫌われる勇気』を読む 88 真理 『史上最強の哲学入門』①
39 私は特別な存在なのか 89 焦り
40 幸福シートの作成 90 介護「と」施設
41 き(聴)くってなんだろう…? 91 対話が深まるとはどういうことか?
42 人とつながっていないといけないか * 92 存在 『史上最強の哲学入門』②
43 「問う」とはどういうことだろう 93 信じる
44 尊重するって、どういうことか? * 94 主に生きがい、それと死にがいについて考える
45 『幸せになる勇気』を読む 95 囚われ(とらわれ)
46 伝えるとは何か 96 『はじめての哲学的思考』
47 働く意味って何だろう? * 97 価値
48 人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ 98 『哲学の最新キーワードを読む』
49 なぜ人は学ぶのか 99 主体性
50 いい人ってどんな人だろう? * 100 中高年の人生にとって幸福とは?
当日に参加者でテーマを決めた。

 

 

人生カフェ・当日の一般的な流れ 

 

〈当日にメインテーマを決める場合〉 

 

Ⅰ メインテーマを決める 【起】 (問いの力)

  *簡単な自己紹介を順番に行う。

  *各自が最近感じていること、考えていることを出し合う。このことによって、各人の興味・関心のあるところが分かる。

  *参加者全員が協力してテーマを一つに絞っていく。

  *取り上げられなかったテーマも本日のカフェの中でお互いに反響し合うということを意識する。

Ⅱ サブテーマを出し合って、対話する 【承】 (問いの力)

  *サブテーマを出せる人から出していく。

  *様々な角度からテーマを考えていくことによって、問いを発展させる。

  *気になるサブテーマを掘り下げていく。

Ⅲ メインテーマに沿った各自の体験事例(エピソード)を出す 【転】 (体験の力)

  *体験事例を出せる人から、一人当たり3~5分くらいで話してもらう。

  *人生カフェにおいては具体的な体験事例は重要であり、お互いに参考にする。

  *テーマに対する反体例も事例になりうる。

  ◇時間の関係ですべての人に発表してもらえない場合がある。

Ⅳ メインテーマの問いに対する答えを探求する 【結】 (答えを求める力)

  *参加者全員で答えを見つけるために対話を重ねる。

  *最後の30分になったら、各自が本日の自分なりのとりあえずのコメントを「フリップ」に書いて発表する。(結論が出ないことが通常である。正解があるわけではない。)

  *自分なりのとりあえずのコメントとは、①とりあえずの結論 ②とりあえずの新たな問い ③とりあえずの感想 などである。

◎各セッションの間に適宜小休憩を取る。

哲学カフェについて、もっと知りたい方のために(哲学カフェ・人生カフェ案内)

人生カフェも含めて、一般の哲学カフェ(特に東京圏の哲学カフェ)について、紹介・案内や情報提供・説明をします。お気軽にご相談ください。 もっと哲学カフェや人生カフェを楽しみたい方にも適していると思います。

 
案内人:本間正己(人生カフェ代表・東京メタ哲学カフェ代表)
       東京大学教育学部1979年卒業
       元東京都新宿区教育委員会社会教育主事
               東京都新宿区保健センター長2015年退職
 
時 間:2時間以内
    平日夜間又は土・日・祝日の昼間において、お互いに都合のよい時間を設定する。
 
場 所:新宿区高田馬場のどこかのカフェ
 
参加者:1~3人以内のご希望の方(1人でも可)
 
内 容:あらかじめ主な質問やテーマをお知らせください。(簡単でいいです。)
     それに沿ってお話をします。
(例)〇東京の哲学カフェにはどのようなものがありますか?
   〇哲学カフェにおいて「問い」「考える」とは何でしょうか?
   〇なぜ人生カフェを開催しているのですか?
 
経 費:本間のコーヒー代+資料代等100円
 
申込み・問合せ先:mgasami.honma@gmail.com (本間あて)
 
(実績:3か月間で6回実施、延べ8名参加)

2018年6月18日 (月)

人生カフェの記録②

【第115回目の記録】テーマ「執着」

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115回目の人生カフェは、平成30112()午前10時〜12時、男性1名、女性2名、計3名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:髙橋あずさ)
この日のテーマは「執着」であった。
まず各自にこのテーマに対する自分なり問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
なぜ執着するのか?
執着して困ること、執着して良いことは何?
執着と自由の関係は?(反対概念か?)
今一番執着していること・ものは何?
どういうことに執着していましたか?
どういうことに今執着していますか?
執着とこだわりは一緒?
問い出しの流れの中で、「どういうことに執着しているか?」という具体的な話から始めることで全員の意見が一致し、フリートークへと入っていった。
執着は予期不安から起こる?
「物」への執着、「考え」への執着。
物への執着捨てられない断捨離執着を無くす。
執着することで、自由が得られる?
執着することで、自分の方向性が固まり、安心できる?
執着することで、気持ちの安定。よりどころ(依存かも?)を得ることができる。
適度な執着楽しめている感覚。自由を感じる良い状態。
過度な執着固着。精神的な苦しさ。選択の幅が無くなる。不自由な感覚。つらくなる良くない状態。
執着することで自由を得られるのでは?
自由不安になる執着する安定する自由が欲しくなる自由になる(執着を手放す)→不安になる→(別のものに)執着する人間はこの無限ループを繰り返しているのかもしれない。
執着と囚われの違い囚われは「囚」の字の通り、□()の中に閉じ込められている感覚。
執着は□()に人がくっついている感覚。
執着とこだわりの違い執着悪いイメージ。
こだわり良いイメージ。スペシャリティ。ある事を極めているイメージ。
ある事を極める=執着ではないか?
こだわりも「拘り」と書くと、良いイメージではなくなる?
最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

執着、こだわりは使い方次第。良い方に使いたい。
執着(こだわり)「安定」と「自由」の往復運動を自覚しよう!楽しもう!
「執着・こだわり(拘り)・囚われ」の謎が解けてスッキリしました。「自由不安執着安定自由……」納得です。
(
記録:髙橋あずさ)

【第113回目の記録】テーマ「心が通じ合う」

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第113回目の人生カフェは、平成30年10月19日(金)午後7時~9時、男性3名、女性3名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

この日のテーマは「心が通じ合う」であった。...

【リード文】
「心が通じ合う」とは、どういうことでしょうか?
「心が通じ合った」経験はありますか?
「心が通じ合う」ことについて考えます。

まず各自に「心が通じ合う」にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
〇心とは何か?
〇心は通じるのか?
〇心が通じ合いたいのはなぜか?
〇心が通じたと思えるのはなぜか?
〇「通じ合った」とわかるのはどんな状態の時?
〇通じ合えた(相手に伝わった)は相手にどのような反応があった時?
〇心が通じると理解するはどう違うか?
〇心が通じると気持ちがわかるは同じこと?
〇「心が通じ合う」とはお互いが認めあえることか?
〇心が通じ合うことが永遠に続くことはあるのか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.
テーマ「心が通じ合いたいのはなぜか?」
●心の内容は、知・情・意だと思う。一般には、「情」を中心に捉えていると思われるが、知・情・意をトータルに考えた方がいいのではないか。
●心は脳そのものか。脳の部位の反応や脳波などの問題か。脳は心を作り出す働きを持っている。
●心は3人称だけでは捉えきれない。1人称の次元が重要である。
●言語は心の大きな要素であるが、心はそれだけではない。
●心が通じ合いたいのは、人は一人では生きていけない、お互いに協力したいから。お互いの理解や行動の共通の土台が欲しいから。心が通じ合うと楽しいから。
●反発や対立も共通の土台の上でなされているのであれば、心がそれなりに通じ合っているということではないか。

●「心が通じ合う」の反対は「孤独」ということである。
●動物(ペット)と心が通じ合う、舞台の演者と心が通じ合う、著者と心が通じ合う……これらは錯覚か?幻想か?
●対等な関係で両想いでなければ、心が通じ合うとは言えないのではないか。
●言語だけでなく、非言語によって、心が通じ合っているか否かが分かるような気がする。
●相手が自分の思っているとおりに行動してくれなければ、心が通じていたとは言えないのではないか。
●心が通じ合うとは、結局、思い込みや幻想ではないか。

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。
〇改めて「心」とは何だろう? と思いました。そして、通じ合いたい気持ちはなくならないのだろうと思います。
〇人間はやっぱり心(気持ち、考え)が通じ合うことを求めているのではないか?
〇心が通じ合ったという体験はやはり楽しかった体験だ。だから、それはなぜ楽しかったのか、もう少し考えていきたい。
〇心が通じ合うとは「幻想」なのか?
〇(私の)人生には幻想が必要です!
〇心・感情は通じ合えるものだと信じて、自分の感情表現を押し付ける(同調圧力)ことで、それを踏み絵にして「おトモダチ?」を選別する人はイヤダ。

(記録:本間正己)

[第112回目の記録]テーマ:映画「ブレードランナー」

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第112回目の人生カフェは、平成30年10月13日(土)午後1時30分~5時、男性2名、女性2名、計4名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)
今回は映画『ブレードランナー ファイナルカット版』(1982年、ファイナルカット版は2007年)(リドリー・スコット監督)を素材に取り上げた。
最初に、この映画を見てのざっくりとした感想を述べてもらった。
出されたものは以下の通りである。...
・今回初めて観たが、36年前にこんな世界観のSF映画が作られていたのに驚いた。
・若い頃観た時に心に残った場面があったが、今回もまた同じところに深く思いが残った。
・その後のSFに影響を与えた映画。深い映画であることを再確認した。
・自由意志や記憶について、いろいろ考えさせられた。
以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
●何故、レプリカントは記憶をもたされているのか?
●感情はいつからどのように起こってくるのか?
●心は作ることができるのか?
●もし自分が過去の記憶を植え付けられたレプリカントだと分かったら、どう生きるか?
●完全なレプリカント=人間なのか?
●作られた心と私達(人間)の心は何が違うのか?
●ロイは何故最後にデッカードを殺さず助けたのか?
●デッカードの住居にピアノがあるのはなぜか?
次にこの問いを踏まえながら、問いをいくつかにまとめて話しあった
1.記憶と感情と心について
・記憶には作業記憶とエピソード記憶がある。
・植え付けられた記憶があるのではないか 。
・自分の都合の良いように記憶している場合がある。
2.ロイは何故最後にデッカードを殺さなかったのか?
(DVDでこの場面を観る)
・死を設計されたレプリカントと人間の不公平感⇒怒り
・死が迫っているのを感じた時、デッカードに同じ死の感覚を味あわせた事で満足
・死ぬ際の思いを誰かに知ってほしかったのではないか?
・ロイの言葉は詩的である。
3.デッカードの住居にピアノがあるのはどうしてか?
・デッカードはレプリカントではないか?
4.人間とレプリカントの違いは何か?
・AIが育っていくと人間のようになるのでは?
・学習すれば感情ができるか?⇒それができるようになれば人間とAIは変わらない。
・設計され、作られた⇒自分の運命が他人に作られる、決められる。
・レプリカント=人間扱いしない(黒人奴隷)・・・自由を求めて反乱
最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。
〇一番印象に残ったのは、記憶について話したことー記憶の書き換え、自分の都合のよいように 記憶している……。
〇技術の進歩でこれからの世界はどうなっていくのか、知りたいような、知りたくないような。
〇自由はやっぱり必要
〇レプリカントの存在が人間とは何かを考えさせる(フランケンシュタインと同じようなテーマか?)。
〇将来レプリカント的なものが必要とされるのは必然だろうか。
〇レプリカント的人間が将来現れる?
〇自然(発生)と人工(発生) 何が違う?もう少し考えてみたいテーマです。
(記録:田中あけ美)

[第110回目の記録]テーマ「行人」(夏目漱石)

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110回目の人生カフェは、平成30929()午後130分~5時、男性2名、女性3名、計5名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

この日のテーマは『行人』(夏目漱石、新潮文庫)の読書会という形式で行われた。

最初に、各参加者に感想を述べてもらった。

出されたものは以下の通りである。

主人公を第三者の目から見て描写しているのが、漱石らしい。

一郎漱石?

「友達~帰ってから」と「塵労」では、一郎の見方が全く異なっている。

行人は哲学的な要素が強くおもしろいが、文学としては失敗作か?

一郎は面倒臭い人?

一郎漱石、二郎世間か?

二郎の心が描かれていない。

一郎は確かに面倒臭い人ではあるが、真面目で誠実な美点を持っている人ではないか?

以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

どうして二郎の一人称で語る形式にしたの?(その効果は?)

一郎(面倒臭い人)はダメですか?(なぜこんなに嫌われてしまうのか?)

これから一郎はどうなるのだろう?(どうなって欲しいか?)

孤独感(インテリの)

生きづらいを生きる意味とは?

なぜ宗教に向かうのか?

「行人」タイトルの意味は?

Hさんだけアルファベット表記にしたのはどうして?(漱石の意図って?)

相手の気持ちがわからないを嫌なのはなぜか?

・わからないことそのもの?

・わかろうとすること?

・自分の思うようにならないこと?

次にこの問いを踏まえながら、フリートークへと入っていった。

「行人」タイトルの意味は?

・行人(ぎょうじん)求道者一郎

・行人(こうじん)使者二郎、Hさん

孤独感(インテリの)

・孤独に自ら入り込んでいく感じ近代的自我

・インテリのお父さんの生きづらさ。お父さんの書斎は2階、家族が寛ぐ茶の間は1階という、家の構造も関係あった?

どうして二郎の一人称で語る形式にしたの?(その効果は?)

・客観性を持たせ、話に拡がりを持たせるためでは?

・主人公から一歩引くスタイルは漱石らしいと言えるのではないか?

・一郎の心は分かるように描かれているが、二郎の心・直の心が分からない。

・全体に二郎の独白になっている。

・二郎自身の気持ちが揺れている。漱石も揺れている分かりにくさ。

一郎(面倒臭い人)はダメですか?(なぜこんなに嫌われてしまうのか?)

・一郎インテリ、ネガティブ、癇癪持ち

・癇癪持ちは先が読めない怖さがあるのでは?

・一郎は近代的自我を強く持っていたために、神経衰弱(ノイローゼ)になった?

これから一郎はどうなるのだろう?(どうなって欲しいか?)

・もっともっと悩んで、悩み抜いて欲しい。(一郎は大変だとは思うが)

Hさんの手紙を読むことで、家族の一郎への理解が多少は深まり、良い方向に向かうのではないか?

・一郎の生きづらさは、近代的自我のほかに「男たるもの」のような、男であるがゆえの縛りもあったのではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

生きづらいは越えられる。

一郎がどんな人であるのか、二郎を通して書かれることで、二郎が行人(使者)だろうとのことだったが、一郎を取り巻く全ての人が、一郎がどんな人であるのかを示す行人のように思われた。

知りたいと思う心=愛ですね。

「二郎使者行人」の意味合いを考えたくなった。

「行人」はいい!「一郎さん」いい!「漱石」大好きです。

(記録:髙橋あずさ)

[第109回目の記録]テーマ「勇気」

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109回目の人生カフェは、平成30923日 金曜日19時から21時まで、

男性3名女性1名計4名で新宿消費生活センター分室にて実施された。

(進行役:比良正彦)

テーマ「勇気」

(リード分の一部)

もう少しあればと思うものの1つではないでしょうか。

この正体が見えてくば、良いことが起こりそうな予感がしませんか?

勇気とは何か?

どんな勇気が必要なのか?

など、「勇気」にまつわる頭に浮かんだモヤモヤを、問いのかたちで出しあいます。そして、その問いを皮切りに対話を進めます。

<問いと対話にでた言葉>

〇勇気は感情か?

〇勇気とおそれの関係は?

思考

おそれ

〇勇気があるのは良いことか?

〇勇気は必要か?

〇勇気と他人との関係は?

〇自分らしく生きることに勇気が必要なのは何故か?

同調圧力

リスク(振れ幅の大きさ)

未知のことへの取り組み

人に合わせない勇気

〇大人になるとなぜ勇気はそれほど必要でないと感じるのか?

〇大きな勇気はどんな時に必要なのか?

〇勇気と欲との関係はどんなものか?

〇年寄りに勇気は必要か?

未知の何かをするには勇気が必要。

現状に満足なら、勇気の必要性は低い。

〇勇気を出せる時出せない時は、何が違うのか?

〇勇気があればは、言い訳口実ではないのか?

〇小さな勇気でもネックとなっているのはどんなことか?

《感想等》

・勇気は大切にしたい。

・勇気はやっぱり必要。もうちょっと欲しい。

・小さな勇気があればすむことは迷わない、そんなスタンスで行きたい。

・勇気に必要なもの。

意思

   価値観

自己肯定感

意識して行動してみたい。

 (記録:比良正彦)

 

 

[第108回目の記録]テーマ「万引き家族」

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第108回目の人生カフェは、平成30年9月8日()午後時30分~5時、男性4名、女性5名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己、田中あけ美)

今回は映画『万引き家族』(是枝裕和監督)を素材に取り上げた。

最初に一人一人1分程度で、この映画を見てのざっくりとした感想を述べてもらった。

次に、この映画について、各自の問いを出してもらった。

〇ゆり=じゅり=りん(凛)はこれからどうなるのだろう?

〇祥太はどういう大人になるのだろう?

〇家族とは何だろうか?(他人→成長→ )

〇家族のいない人は不幸か?

〇人間関係=家族のきっかけは何だったのだろうか? 意識して作った家族のベースは金銭?

〇罪とは? 〈罪の意識があるかないか〉 許される罪、許されない罪ってある?

〇社会的な善と悪の基準(?)は何か? 人に迷惑をかけない…?

〇是枝さんが、こっそり隠しているテーマは…結局なんだろう? (もしあるなら…)

〇リリー・フランキー(「治」(おさむ))は、なぜステテコが似合うのだろう? なぜステテコをはかせているのか?

問いを大きく4つに分けて、それぞれフリーに対話をした。(一部のみ記載

1 子どもたちの将来は?

●祥太は実の親に会いに行っただろうか?

●りんには亜紀と4番さんが二人で会いに行く? そこから新たな家族の物語が始まるのではないか。

2 家族とは?

●「犯罪でしかつながれない」家族には持続可能性はない。

●この家族には愛情と思いやりがあった。しかし、子どもたちに教育を受ける機会を与えていないのは、長い目で見た場合ゆるやかな虐待に当たるのではないか。

3 罪とは? 善悪とは?

●治(リリー・フランキー)のあの罪の意識の低さは何なんだ。無責任で、お気楽だ。それが彼のステテコ姿に現れている。自尊心の低さが根底にあると思われる。

●人の罪の意識の低さを糾弾するのは、宮部(池脇千鶴)の立場である。我々は線引きされた外側にいるにもかかわらず、安易に宮部のような立場(上からの立場)に立って、人をバッシングしていないか。

4 その他

●治と祥太は、雪と泥の混じった雪だるまを作った。その汚らしい雪だるまも翌日には溶けていく……

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

〇「亜紀」のこれからの物語に期待したい。対比として、新しい家族をどう作るか?

〇いろいろな考えが聞けて、とても楽しかった。女の子が外をのぞくシーンについて、「漠然とした未来」を見ているかと思ったが、是非、亜紀と池松君が迎えに来るPartⅡをみたい。治(リリー・フランキー)のその後の生活は?

〇家族を結びつけるものは何なのか?

〇ダメな部分も多少許容しながら、一緒に生きていくのも家族?

〇この家族は、虐待(表向き)はしなかったと言える。祥太とゆりにとっては、家族のそれなりの楽しい思い出が残ったとも考える。楽しい思い出、かわいがられたことは愛につながるのかどうか。その一方、教育を受けることができなかったことは虐待とも言える。

〇悪を行う人 /(境界線)/ ← バッシングする人(自分は無関係だと思っている)⇒(問題意識を持たない)  同じ社会にいる ⇒ 無関係ではない

〇皆さんが、映画の1シーン、1シーン、克明に覚えていることにびっくりしました。 哲学カフェのテーマになることが分かっていたら、もっと細心の注意を払って見ていたかとも思います。 テキストを一部分ずつ分析して読むことは慣れているが、映画は初めての体験でしたので、ついていくのがたいへんでした。

〇人によって、様々な見方が、受け取り方があるなという感心、というか感動。

 映画のテーマはディテール(小ネタ)に宿るのではないか。細かなところをよく見ることの重要性。

1本の映画にみんなで眉間にシワをよせ話し合う、楽しかったです。自分の姿が浮き出された作品でした。

 (記録:本間正己)

[第107回目の記録]テーマ「人間らしさ」

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107回目の人生カフェは、平成3097日(金)午前10時~12時、男性2名、女性2名、計4名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

この日のテーマは「人間らしさ」であった。

【リード文】

「人間らしさ」とは、何ですか?
「人間らしく生きる」とは、どういう事でしょうか?
「人間らしさ」について考えます。

まず各自に「人間らしさ」にまつわる問いを出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

人間らしい人ってどんな人?

温もりのある人は人間らしい人か?

人間らしく生きるとは自分らしく生きるということか?

人間と動物の違いは何か?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

テーマ「人間らしい人ってどんな人?」

「人間らしい」を考える場合、「人間」とは何か、「らしい」とは何かを考える必要がある。

「らしい」は、男らしいとか、母親らしいとかいった使い方をするが、これによって一定の枠に無理に当てはめようという圧力が生ずる危険性がある。

「人間らしい人」というと、温かくて思いやりのある人を浮かべがちである。

喜怒哀楽の怒や哀のようなネガティブな感情を持つのも人間らしいと言える。

揺らぎや迷い、苦悩があるのが人間らしい。

遠い未来を考えられるのが人間らしい。広く共同体を作れるのが人間らしい。

我慢するのも人間らしい。我慢できないのも人間らしい。

人間だもの。

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。

人間って奥深い。面白いと思いました。人間のプログラム(遺伝子)…興味が出てきました。

人間(=サピエンス)って何だ?は好きなテーマです。

喜怒哀楽を出したい時に出せたらいいなぁ。

やはり一人で考えたり感じたりしてよりは4人で考えたり感じたりした方が、視点や視線、思考、感情などなどが深まりました。

(記録:本間正己)

【哲学プラクティス連絡会第4回大会・ブース発表記録】

(平成30年8月25日(土)・立教大学)

 

問い「あなたにとって最高の価値とは何ですか?」

 

何人かの人に模造紙に書いていただきました。書いてくださった方、本当にどうもありがとうございました。

 

〇幸福  結局誰もが最終的には自分と他人の幸せを求めていると思うから。

〇幸福  安らぎのひととき おだやかな時間

〇生きる  おだやかに 心豊かに 静かに

〇愛  一番心が満たされるから

〇愛  幸福感、ドキドキ、せつなさ……いろんなものが詰まっている気がします。

〇平和

〇平和  平和ならば、仕事も、自分も、愛も保たれます。

〇心の平和  愛、幸福、真理…… 幸せな気持ちも、愛されているうれしさも、新しいことがわかったときのよろこびも、すべて「心の平和」につながっているから。

〇自由 共生

〇自由  私たちが最終的にもとめているものが幸福であるとしても、私たちはほかのものに最終的な価値をみとめて生きている。

〇充足

〇満足  自分を満足させることはとてもむずかしいことだ。しかし、満足したとき、とても深い。

〇快楽  共感、安心、満足する時に自分が抱くのは「気持ち良さ」「快楽」と考えたから。

〇ワクワク  ワクワクは伝染する、とてもハッピーな気分になる。

〇大切なのは愛なのはわかるが、欲(自分の本心)に気づきつつ、イキイキワクワク、心をオープンにすること。

〇元気に笑っていられること

〇個人がその人らしくよく生きること

〇一人一人にあった教育や生き方ができること

〇やりたいことができること したくないこともできること

〇他者との共感

〇誰かといること  一人ぼっちがいやだから……

〇会話

〇貢献

〇真理

〇時間と金

〇呼吸

〇自分自身

〇移動できること

〇人間の価値を考えると使命を持っていること

〇「最高の価値」とは何かを探求できる環境があること

[第106回目の記録]テーマ「顔」

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106回目の人生カフェは、平成30817()午後700分~9時、男性7名、女性2名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施されました。(進行:新妻弘悦)

今回のテーマは『顔』でした。

生物学的に顔は、ただ感覚器が集中した身体の部位に過ぎないにも関わらず、その個人を識別・認識する部位であり、感覚器の大きさや配列により美醜など人生を変えてしまう不思議な部位であること。また「会社の顔」「顔の見える連携」というときの「顔」とは、何を意味しているのでしょうというような、進行役の疑問から、対話はスタートしました。

対話の内容としては、

・美しい顔の基準とはなにか

・美しい顔は得か

・顔の整形手術はなぜタブーなのか

・顔で判断されるのは男女で差があるか

・表情で人間性は出るか

・テクノロジーの発達で、顔の意味が変わるのか

SNSで実名・顔写真を出す意味

などの問いを中心に対話を進めていきました。

 個人的には、「人の顔を覚えるのが苦手というのはどういうことか」「何かを批判する際に、当事者の顔を知っている/知らないでは、批判はどう変わるのか」など、お話したいことは、まだまだあった印象です。

鷲田清一先生の『顔の現象学』という著書があるものの、哲学カフェのテーマとしては、あまり馴染みのないものだったようで、参加者に戸惑いや新鮮さがあったようですが、いつものようにあっという間の2時間でした。

参加者のみなさん、人生カフェスタッフのみなさん、ご協力ありがとうございました。(記録:新妻弘悦)

[第105回目の記録]テーマ「バイオテクノロジー

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第105回目の人生カフェは、平成30年8月11日()午後時30分~5時、男性2名、女性1名、計3名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『いま世界の哲学者が考えていること』(岡本裕一朗著、ダイヤモンド社)の内、主に「第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか」を読む読書会でした。

まずは、この本を読んでの、各自の問いを出してもらった。

〇あなたは出生前診断で障害発生が分かった場合、生みますか?

〇あなたは可能なら自分の子どもをゲノム編集しようと思いますか?

〇人間の改造はなぜ許されないと思ってしまうのか?

〇相手がクローン人間であると、突然(偶然)に知ったとき、愛し続けられますか?

〇あなたは費用、安全性、有効性がクリアされれば、不老不死の薬を飲みますか?

〇再生医療が発展して、誰もがその治療を受けられるようになったら、貴方は治療を受けますか?また、どこまで治療を受けますか?

〇ポスト人間主義の「人間」とは何か?

今回は、参加者が少なかったので、一つのテーマに絞らずに、全ての問いに対してそれぞれにフリーに対話を行った。印象に残ったところだけ、記録しておく。

●技術が急速に進展している。これを止めることは難しい。倫理面が追い付かない。

●バイオテクノロジーを適用していけばいくほど、多様性が損なわれていくのではないか。誰もが優秀で、美しく、性格がいい人間になっていく?

●老いに対しては抵抗すべきか? 若返りの努力は必要か?

●生きることと死ぬことの意味(死生観)が改めて問われることになる。

●結局は金持ちだけがバイオテクノロジーの恩恵を受けられるのではないか。経済力の差がもろに出る。

●他人がその本人の意志も確かめられない段階で勝手に操作することに問題性がある。

●「自然的に生じたもの」と「技術的に作られたもの」との違いは何だろう。

●自然の進化のスピードをはるかに凌ぐ進化を人間は人工的に作り出している。

●カントは神から人間中心へと転換させ、ニーチェは人間を超える「超人」を構想した。 それらは「概念としての人間」の話だ。

●今や「生身の人間」の終わりが近づいているのかもしれない。ホモ・サピエンスの時代は終わろうとしているのかもしれない。

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

〇人間は生命を持った情報処理体と言えると思っていたが、IT革命とBT革命を経た後の人間はどういう存在なのか……と考えさせられる。ま、私が生きている間は、どうでもいいことだけれども()

BTは人間の生物学的デザイン、ITは人間の社会学的デザインを行う、と話の途中で思いましたが、超人やAIなど人間を超越したものが出た場合、そうしたデザインの決定権は超越者(ポスト人間)にあるのかもしれないと思いました。

⇒そこで、人間がやるべきこと~ポスト人間との共存の道を探る? 家畜(商品)としての幸せ追求? 家畜(商品)としての自己実現? 被支配者の人生になるのか?

〇人間の責任というのはあるのだろうか? IT,BTについて。次世代に対して。

 「自然」と「技術」の問題は考えていきたい、大きな問題だ。

 (記録:本間正己)

[第104回目の記録]テーマ「寂しい

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104回目の人生カフェは、平成3083日(金)午前10時~12時、男性2名、女性2名、計4名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

この日のテーマは「寂しい」であった。

まず各自に「寂しい」にまつわる問いを出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

一人でいてさびしい・さびしくない

大勢でいてさびしい・さびしくない

この「さびしい」と「さびしくない」の違い(原因)は何にあるのか?

「さびしい」はよくないことか?

さびしいの反対語は?

「寂しい」「淋しい」どっち?

「寂しい」「淋しい」はどう違う?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

テーマ「一人でいてさびしい・さびしくない

大勢でいてさびしい・さびしくない

この「さびしい」と「さびしくない」の違い(原因)は何にあるのか?」

「寂しい」は、景色が寂しい等、客観的な感情。「淋しい」は独りきりで淋しい等、主観的な感情に使われる事が多いように思う。

さびしさは、心もとない感じからくる感情か?

さびしさの元には、孤立感・疎外感・仲間に入れない、他者との関係性があるのでは?

さびしい感情は、その時間を「楽しめているか?」「楽しめていないか?」、「充実しているか?」「充実していないか?」が関係しているのでは?

「帰れる場所(placeではない)」「心のよりどころ」の有無が、さびしさに関係しているのでは?

外国に独り旅をしている時のホームシックは「帰れる場所があるからこその」さびしさでは?

「拠りどころ」という言葉からは、頼りたい、頼られたいという感じを受ける。

仲間は心のよりどころに成り得る。

「さびしい」でも一人称・二人称・三人称で分けて考えてみることが必要か?

一人称「私がさびしい」主観的

二人称「あなたが居なくて、私がさびしい」他者との関係性(もう一人の自分との関係性も含まれるか?)

三人称「(独居老人等に向かって)あの人はさびしそう」客観的

日曜日のサザエさんの始まる時間に感じる「さびしさ」や夕日を見て感じる「さびしさ」は、一人称のさびしさか?

主観的にはさびしさを感じていないのに、ふとした瞬間に自分が三人称的視点で自分を見て「さびしい」と思うことがある。

一人で読書している楽しい。「でも、休日に一人きりで本を読んでいるなんて、私はさびしい人なのでは?」

現代の若者は、上記の自分の中の三人称的視点(自分で思う自分のあるべき姿とのギャップ)で「さびしさ」を感じることが多いのではないか?

無人島で最初からたった一人だった人(他者の存在を知らない人)は、さびしさを感じるのか?

本当の「心のよりどころ」はあるのだろうか?

宗教等の「心のよりどころ」を持っている人でも、さびしさを感じることは有る。人間として自然な感情なのでは?

「さびしさ」の持続時間が長過ぎると、病的・不健康になるのでは?

持続時間の短い「さびしさ」は、健康的な感情か。

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

「寂しい」は自然な感情。持続時間を意識したいです。

生体にとっての侵襲センサーさびしさに敏感になろう!

さびしいとは何だろう。今後は「健康的なさびしさ」を考えてみたい。

淋しいと思うときがあってもいい。人間だもの。

(記録:髙橋あずさ)

[第103回目の記録]テーマ「IT革命 

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第103回目の人生カフェは、平成30年7月28日()午後時30分~5時、男性6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『いま世界の哲学者が考えていること』(岡本裕一朗著、ダイヤモンド社)の内、主に「第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか」を読む読書会だった。 

 

この本を読んでの、各自の問いを出してもらった。

AIに何をしてほしいか?

AIにできないことは何か?

AIに欲求を持たせられるのか?

AIは人間の定義を変えるか? 変えるとすると、どのように変えるか?

〇人と人との関係が全てAIで規制されるとしたら、人間の生死を含む存在はデジタル化されるしかないのか?

〇人間の仕事(価値)がAIにより置き換えられていく。⇒人間はどんな新たな価値を創り出していけばよいのか?(=人生の意味)

facebookgoogleが情報を集めている真の目的は何か?

facebookgoogleを裏でコントロールしているものはいるのか?

〇人間社会の管理を全てAIに任せた場合、AIは人間の生死を決定するまでになるか?

AIを民主主義に活かせるか?

〇監視社会、AI、インターネット~囲われた自由であっても、幸せならよいのでは?=苦が少ない、快ならよいのでは?=何かを求め、それが大きな苦にならない。

〇①構築主義、相対主義 ≠ ②古典実在論

  新実在論=①+② ? 

 

今回は一つのテーマに絞らずに、主にAIと監視社会について、フリーに対話を行った。

AIに哲学的な問いをしてみたい。(例えば、「あなたが存在している意味は何ですか?」)

AIが悪用される危険性は高い。民主的なコントロールは可能か? ここでも最終的には政治の問題が浮かび上がってくる。

●宗教には、人間の間違いを認めるとか、許すといったことが組み込まれてある。AIには、この許すといったことが可能だろうか?

AIは過去のビッグデータから正確、公正な判断を下すことは得意である。しかし、新しい状況における未来へ向けての判断はどうだろうか?

AIへの人間の依存度が高まっていくことにより、AIに人間が支配されていくことも増えていく。 

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

〇個人の情報を捕捉されないようにすることは、現実的には困難であるという前提に立って、行動するしかないと実感した。

〇真実の姿よりも、今の自分にどう役立つかを考えた方が、効果的だと思う。

〇時事的に進行している状況論と存在論を結びつけることは難しい。むしろ、文学等で表現する方がよいのかも? それが正しいかどうかは別として。

文学はメソッドとして必要。必ず死ぬということを探求するのが文学。

AI、監視社会  安全を担保する方法は?

 人間とか社会の目的をはっきりさせる事が大事

AIという新しく、優れた「他者」が出現し、成長していく。人類(ホモサピエンス)はどうなるのか? (cf.高度な文明の宇宙人との出会い?)

〇皆さんと議論することで、

 AIに対する認識、考えるネタが広まりました。→一歩引いてAIとつき合いたい。

 結論は出ませんが、AIを材料(サカナ)にして、「人間とは何か?」を考えていきたいと思います。

 (記録:本間正己)

[第102回目の記録]テーマ「最高の価値 

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102回目の人生カフェは、平成30720日(金)午後7時~9時、男性4名、女性2名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

この日のテーマは「最高の価値」であった。

まず各自に「あなたにとって一番の価値は何ですか?」という問いについて考えてもらった。

出されたものは以下の通りである。

幸福

主体(性)

安らぎ

表現

命(自分の)

愛??(まだ分かりません)

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

人類共通の最高の価値とは何だろう?

自分の命より大事なものは最高の価値か?

最高の価値は変わらないものか?変わるとしたらなぜ変わるのか?

価値を決めるのは誰ですか?

人は誰もが価値を求めているのだろうか?

価値と価値観の違いは?

ゆるせる価値観(感)の違いと

ゆるせない価値観(感)の違いは何が影響しているのだろうか?

なぜ人は最高(究極)の価値を追い求めるのだろうか?

以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

価値は誰がどうやって決めるのか?

価値自分の中に確固としてある宝石のようなもの

価値観自分の考え方

宗教が背景にある自爆テロ信仰が命より大切な最高の価値。果してそうなのだろうか?

価値は人によって違うもので、普遍的ではないのでは?

人類に共通の、普遍的な価値はあるのではないか

動物は価値を求めない。人間のみが価値を求めるものではないか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。テーマ「価値を決めるのは誰ですか?」

価値を決めるのは自分である。

自分の持っている価値は、周囲からの刷り込みが多分に含まれているようでモヤモヤする。

純粋な「自分オリジナルの価値」はあるのだろうか?

その人を取り巻く自然や環境が、価値を生み出す。

環境・メディア・宗教等の刷り込みは、自分の価値に影響を与えているものの1つではあるが、そこから何かしらの価値を選び取るのは、あくまでも自分ではないか?

生い立ちや環境、国などの状態によっては、自分の意志で価値を選び取れない人も存在する。そういう状況の人に対して「全ては自分が決めたこと(自己責任論)」は、かなり厳しい。

同じ環境に居ながら、個人で価値観が違うのはなぜなのか?

多様な価値観を持てるか、持てないかは、情報量の差が関係しているのではないか?

情報量と受け入れ側の状態で多様化が進むのではないか?

信仰を持っている(自分の中にたったひとつの最高の価値を持っている)人は、とても幸せそうに見える。

「自分の中の価値」と「社会・世間の価値」を自分で統合しているのでは?

風土や環境が価値を決めているのかもしれない。

自分を取り巻く環境にフィットしない価値観を持っていると、自然と淘汰されていくのではないか?

西欧の近代以前、中世は価値は神が決めるものであった。

時代の流れの中で、価値を決める絶対的な神を信じることができなくなった。

現代では「自分にとって自分が神である」状態相対化?

価値を「受け入れる」のは自分。(「決める」では無い)

人類共通の絶対的な価値を決めてしまうと、それは宗教になってしまう。

人類に普遍的な価値は「自由」か?

人類全員の自由を認めたら、世界が大変なことになってしまう自由を認め合うことが大切か?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

価値とは何だろう?あらためて人間関係や対話の中で今後発見し、探求したい!

いのち、自分、神、主体性など何だろう?

普遍的なものを求めずに平和になることは出来ないのだろうか?

今は平和に向かっているのだろうか?

難しい。命、生命基準のような

価値は自分で決める?

「自分」が価値を決めるとは言い切れないところがもどかしい!価値の一元化も、価値の多様化も危ういところがある。今のところは自分と他人の幸福を考えることを基礎に置きたい。

難しい問いでした。「自分が決める」、この「自分」はどこにあるのか?どう形成されているのか?モヤモヤしました!!

(記録:髙橋あずさ)

 

 [第101回目の記録]テーマ「運命の人

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101回目の人生カフェは、平成3076()午前10時〜12時、男性2名、女性4名、計6名で、カフェ・ミヤマ高田馬場駅前店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 この日のテーマは「運命の人」であった。

(リード文)

「運命の人」に出会った事はありますか?

 「運命」とは何でしょうか?

 七夕の前日、美味しいコーヒーを片手に「運命」に思いを馳せてみませんか?

 

 最初に、「あなたにとって運命の人は誰ですか?」と参加者に尋ねた。その答えは、「妻」「配偶者」「母」「子ども」「ブルース・リー」などであった。

  次に、各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

〇運命は本当にあるのか?

〇何をもって運命と言うか?

〇「運命の人」とは、いい人か、悪い人か? 

〇「運命」と「宿命」と「使命」はどう違うのか? 

〇運命には抗(あらが)えるか?抗えないから運命というのか? 

〇運命と信じることは幸福OR不幸につながるか?

  今回はテーマを一つに絞らずに、以上に出されたものを踏まえて、フリーに対話を行った。 

●「運命の人」というと、少女漫画の中の王子様のイメージがある。「出会い」の中にロマンティックやドラマティックなニュアンスが含まれている。 

●「運命」の反対語として、「意志」や「努力」というのがある。運命とは、人間の意志や努力を超えたものを指している。 

●運命の人とは、後から振り返って分かるものである。自分に大きな影響を与えた人である。 

●出会いとは必ずしも受け身的というわけではない。自らがアンテナを張っていたり、センサーを働かせていたりといったことから生じることがある。 

●運命とは、その捉え方が主観的な感じがする。中立的に見れば、それは「偶然」と言う方がいいかもしれない。偶然の反対は必然である。 

●いい出会い、いい運命には感謝の気持ちが湧く。それはいいものを与えてくれた神や天に対する感謝か? それともいい結果そのものに注目しての感謝か? 

●冷静に見れば、物事は、運命によるというよりは、統計的・確率的に生じているのではないか?

   

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。 

〇運命~主観~神・天   偶然~客観~確率 

 物事をどう見るか? どうなのかな…? 

〇運とは自分で切り開くもの。それで自分が成長できたら運命となる。 

〇「出会い」の先を考える⇒育てる、修正するなど。 これは中高年らしい。 

〇自分の運命は自分で変えられるか? 

〇運命はあるかないか、と考えるより、無数の偶然から自分なりに価値を見つけて大切にしたいです。たのしかったです。 

〇人間とは、運命という幻想を見たがる存在である。なぜなのか?

 

(記録:本間正己)

 [第100回目の記録]テーマ「  中高年の人生にとって幸福とは?

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100回目の人生カフェは、平成30623日(土)午後1時半~5時、男性5名、女性6名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 この日のテーマは「中高年の人生にとって幸福とは?」であった。

 まずは各自に「幸福に感じる時はどんな時?」という問いについて考えてもらった。

出されたものは以下の通りである。

 ・ラーメンを食べている時

・家族に感謝の気持ちを持った時

・人生カフェ 100!

・仕事や家族に感謝された時

・懐かしい友達がどうしているかなーと思っているときに、ちょうど連絡が来た時

・これだ!これが食べたかったって時

 初孫が生まれた時

子供が生まれた時は養育の責任。孫が生まれて世代がつながった。長い人類の歴史の流れの中に、自分を位置づける実感を得られた。

日常の中通勤途中、おいしいもの

非日常の中旅行、ライブなど

さいなことでふとした時に幸せを感じることが多い。

・人に優しくされた時。

・給料日でお金を見た時。

・休みの日になった時。

・美味しいものを食べているとき。

・絵本を読んでいるとき。

・人生カフェ100回に参加したこと。

 ・カニクリームコロッケを食べている時。

・電車で子供たちが遠足に行く事を見た時。

・寝ている時。

 ・自立を実感できてる時。

・健康を感謝している時。

・いのちのつながりを実感できている時。

・ゴスペルを歌っている時。

・青い空と雲を眺めている時。

・子ども(特に赤ちゃん)の笑顔を見ている時。

・美味しいものを食べている時。

・家で一人でゆっくり好きなことをしている時(猫を侍らせつつ)。

・仕事でうまくいった時。

・気の合う人と話が弾んでいるとき。

・お酒をのみながら、楽しみにしていた録画を見ているとき。

・温泉旅行で四季の自然にふれるとき。

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

 中高年に特有な幸福とは何だろう?

幸せを感じる条件は何だろう?

幸福はそれを求めて努力すべき目的だろうか?

 どんな生い立ちの中高年でも幸福を感じる事はあるのか?

 幸福な人生とは?

どう生きたら幸福になれるのか?

 幸福は幻のように感じませんか?

終活の幸福とは何か?

 中高年にならないと味わえない幸福とは何か?

人生を積み重ねることによって幸福の感度が変わるのか?

幸福=幸せ=喜びになるか?

 以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

幸せ・喜び・幸福は違うのか?

喜び一瞬。  幸せ・幸福持続する。

 幸せ自分の気持ち。  幸福色々な人の幸せを定義するもの。

幸福の要素

自分の役目を果たせた時。

食の満足感。

健康を実感できる。

人生を肯定できる嬉しさ。

誰かから、求められている・必要とされている。

繋がっている感。

いのちのつながり。

中高年になる事により、幸福に対する価値観が変わってくるのでは?

中高年と若者では、幸福に対する感度・レベルが異なるような気がする。

幸福幻・実態がない?

 幸福は目的ではなく、今やるべき事にひとつひとつ取り組んでいった結果ではないだろうか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

テーマ「幸せを感じる条件は何だろう?」

 幸福を感じられる要素お金・経験・生理状態・思い込み

お金は生きていく上である程度は必要だが、そのお金を「どう手にいれるか?」も大切ではないか?

生きるか死ぬかの瀬戸際に居ない最低条件か?

中高年になる事(経験の積み重ね)により、幸福に対する感度が上がるのでは?(些細な事を幸せと感じる能力がついてくる)

どんなふうに歳を重ねた人が幸福なのか?周りへの気遣いが自然と出来る人は幸せに思える。

子供も幸福に対する感度が高い。

若者競争・優越で幸せを感じることが多い。SNS等の繋がりの中に幸福を感じる?

自分の気の持ちよう(思い込み)が、幸福に関係するのでは?=幸福は主観的なものである。

幸福の条件自分の達成感・他者からの承認中高年になると、これを感じられる機会が減っていく。

年齢相応に歳を重ねる事が大切では?精神年齢が子供のまま歳を重ねている人は気の毒。

寝たきりの人・重度重複障害者・認知症患者幸せではないのか?

幸福の条件として「人との繋がり」はとても重要である。

「人との繋がり=幸せ」刷り込みでは?一人で居ることの豊かさもある。

若者は、色々な人と出逢う機会が少なく、価値感が硬直化しやすいのでは?

主観的な幸せのみでは、幸福感を感じる事が出来ず、必ず社会からの承認を必要としてしまうのは何故か?

子育てや介護等の、無償の他者貢献に、幸福のヒントがあるように思う。最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

・幸福と承認

・主観と評価

・他者貢献

・寝たきり、認知症、障がい者の幸福

いろいろな疑問が生まれました。

結論、あまり深く考えないで生きたい。

自分と周りの循環がバランス良く回っている状態

自分社会、自然、人

(つながり・お金・エネルギー・食べものなど)

全ての人が幸福を追求できる社会とは?(循環する社会とは?)

とても楽しかったです。ありがとうございました。

いままで経験したことは、幸福につながるような気がしてきました。

中高年になって残された時間は少ない

これをベースにものを考える

されど実際の生存年数は予想外に永い

焦って結論を出そうとするとまちがえる

中高年でも幸せになれる。

幸せになっていい。

死ぬまで続く幸せの旅

毎日幸せと感じるだけで、新しい一日が始まる!

 社会からの承認<自分が思う幸せ  中高年の幸福

何歳になっても人は悩んでる。

・幸福の条件付は、トシを取るほど下がる。

・期待を手放すことが幸福につながる。

自立感が幸福感につながる感じがします。

新たな問い:幸福とは、今を生きることか? 人生全体を肯定することか?

 *人生カフェはこれからも淡々と続けていきます。よろしくお願いします。

(記録:髙橋あずさ)

[第99回目の記録]テーマ「 主体性

 

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 2018615日(金)に、いつもの東京都新宿区立消費生活センター分館にて、99回目となる人生カフェ(1921時)が開催された。(進行:新妻弘悦)  

 あいにくの雨ではあったが、男性7名、女性3名の計10名で行われた。

 

 この日のテーマは「主体性」

 

 全員の簡単な自己紹介の後、進行役から、教育現場における「主体的で、対話的な学び」が導入されていることや、なんとなく「主体性」はよいことであるとされているが、もう一度問い直してみたいという旨の、テーマ設定の趣旨の説明の後、全体での対話となった。

 

 様々な論点があったが、 

 

・主体性にも「よい主体性」と「悪い主体性」があるのではないか?

・主体性には責任が伴うのではないか?

・主体性を教える、引き出すことはできるか?

・自主性と主体性の違いは?

・主体性の対義語は、「客体性」?「受動性」?

・教育現場の主体性、医療現場での主体性 

 

などなど、対話は多岐にわたった。

 

自己紹介の際に、参加者の一人から、「主体性はよいイメージしかなくて、論じる問いなど出ないのではないか」という危惧があったが、個人的にはあっという間の2時間であった。

 教育現場で「主体的で、対話的な学び」を促すために、「哲学対話」を導入する学校が少しずつ増えてきている。個人的にそれは、歓迎されることであるような気がしているが、若干の違和感もある。その違和感を明らかにするために、一度「主体性」について考えてみたいと思い、今回このようなテーマを設定してみた。

 もう少し、テーマや問いを練り直して、また対話に挑みたい思う。

 参加者のみなさん、人生カフェスタッフのみなさん、ご協力ありがとうございました。

(記録:新妻弘悦)

2015年7月18日 (土)

人生カフェの記録

ご感想があればコメント欄に投稿してみてください。

[第98回目の記録]テーマ「 哲学の最新キーワード

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第98回目の人生カフェは、平成30年月9日()午後時30分~5時、男性名、女性1名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『哲学の最新キーワードを読む~「私」と社会をつなぐ知~』(小川仁志著、講談社現代新書)を読む読書会でした。

 

本書の12のテーマから、今回は3つを選んで対話をすることにした。

[1] ポピュリズム(政治は感情に支配されるのか?)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇感情

〇感情を飼いならす

〇反知性主義

〇多元主義の排除

〇ナショナリズム

〇共通の敵

♦フリーな対話(一部のみ)

●政治家が大衆にある程度迎合するのは当然のことである。

●権力者が大衆に迎合するのではなく、大衆を操作しようとする。これが怖い。現代にもみられる。

●感情に流されるというのは、自分の頭で考えることをサボっているということである。楽をしようとしていることである。

●操作する側は大衆が飛びつきやすい、甘くおいしいメニューを並べてくる。

●ポピュリズムの成功した体現者にはカリスマ的なキャラクターがある。

●ことの善悪ではなく、美醜に訴える。五官に直接訴える。服装(制服)とか、見た目とか…(ヒトラーの例)

●ポピュリズムに対抗するにはもっと前頭葉を活発化させなくてはならない。異なる考えの人たちと接することが大切である。

[2] ニュー・プラグマティズム(積極的な妥協が対立を越える)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇プラグマティズム

〇何でプラグマティズム

〇役に立つ(実用的)

〇習慣

〇素人知と専門知

〇プラグマティズムは少なくともその都度共同体にとって求められる正しさを確定する力を持つ。

♦フリーな対話(一部のみ)

●プラグマティズムにおいては経験のすり合わせが重要になってくる。

●プラグマティズムには、とにかく行動してみる、やってみたらいい、といった考えがあるのではないか。(トライ&エラー)

●プラグマティズム(実用主義)と功利主義~実際の世の中はこれで回っているのではないか。理念上は破綻している理論かもしれないが…。

[3] 超監視社会(プライバシーなき時代を生きる)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇私の「自由」とは?

〇安全と自由の二項対立+利便性

〇「サイバー茹でガエル現象」

〇パノプティコン

〇つながりと閉じこもり

〇人間と道具の関係

♦フリーな対話(一部のみ)

●引きこもりのように、狭い世界に閉じこもりながら、インターネットなどで広い世界と繋がっている。

●フェイスtoフェイスの生身の人間同士の関係が少なくなっている。

●ネット上の匿名性には危険が伴う。人を傷つけたり、犯罪と結びついたりする。

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

〇哲学とは別の話

〇プラグマティズムとは、全ての人に良い結果ではない。むしろ、必ず少数の人にとっては悪い結果が前提である。

〇4群の多項知を自らに取り込んで、理性のアップグレードを果たす。限りなく難しい。一つ一つの場面で、判断を繰り返すしかない。

〇理性のアップグレード。理性〈テーゼ〉⇒非理性(感情)〈アンチテーゼ〉⇒理性〈アウフヘーベン〉

〇楽をしてはいけない。それができなくても、少なくとも異なった考えの人との対話を欠かさない。

〇自分で勉強して得た知識・見解を話して、かつ他の人の話も聴くことは楽しいと思いました。AIでは味わえないでしょうね。

 (記録:本間正己)

 

[第97回目の記録]テーマ「 価値

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97回目の人生カフェは、平成3061()午前10時〜12時、男性2名、女性3名、計5名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ) 

 この日のテーマは「価値」であった。 

(リード文) 

「価値」とは何か? 

「価値」は誰が決めるのか? 

「価値」について考えます。 

 最初に、「あなたにとって一番の価値は何ですか?」と参加者に尋ねた。その答えは、「自由」「愛」「幸福」「健康」「自分」と5人バラバラだった。 

  次に、各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。 

出されたものは以下の通りである。 

〇価値が高い、低いとはどういうことか? 

〇価値に基準はあるか?何を基準に価値をつけるか? 

〇価値とは認め合うことか? 

〇人間の価値はどのように決まるのか? 

〇自分自身が存在する(生きている)ことの価値とは? 

 次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。 

 テーマ「人間の価値はどのように決まるのか? 

●自分の価値、私が接している他人の価値、人間一般の価値……、レベルによって価値の様相が異なる。 

●自分の価値は自分で決められるか? 

me first (私が一番)ということ。 

 my first ではない。自己中心的ではない。 

●自分の価値観はほとんどが他人の価値観を取り入れたものではないか。世間の価値観が相当に刷り込まれているのではないか。 

●自己統合するのは自分である。今までの人生経験からフィットするもの、納得するもの、楽しく気持ちがいいものなどを自分に取り入れて、統合していく。 

●自己肯定と自己価値~自分に価値があると思えれば、自己肯定できる。 

●一般価値と固有価値~世間一般が認める価値と自分だけに固有な価値とはズレている方が多い。 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。 

〇「価値」を大事にしたい!(認めたい) そのプロセスでした。ありがとう! 

〇価値の考えは人それぞれ、それぞれの価値を認め合って自分の価値を高めていきたい。 

〇価値とは、生きる原因であり、目的であり、エネルギー(推進力)である。 

「豚に真珠」とは何か? 

〇価値についてよく考えた時間でした。一般価値、固有価値、ズレはある。ここが大切ですね。 

〇一般価値と固有価値のバランス、両方持っていて当然という考えは、今後何かを決断する時にとても使える考えだと思いました。自分の悩みについて解決してもらったような話になり、テーマを少しそらしたかと思います。すみませんでした。

 

(記録:本間正己)

 

[第96回目の記録]テーマ「 はじめての哲学的思考

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第96回目の人生カフェは、平成30年月26日()午後時30分~5時、男性名、女性3名、計名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『はじめての哲学的思考』(苫野一徳著、ちくまプリマー新書)を読む読書会でした。

まず各自からこの本を読んだ上での問いを出してもらった。

「本質」とは何か

「哲学的思考」とは? 例えば、「哲学的思考」と「哲学対話」の違い?

○(本質観取をやってみよう~「恋」とは何か?~)をやってみた結果、取り出せたものが、さほど感動できない(ピンとこない)のはなぜだろう?

○「欲望」とは何か? 欲望と意味とは同義であるかのように言っているが、欲望と意味とは同じなのか? 信念は? 欲望よりはさかのぼれない?

○意味の世界は欲望の世界、信念は欲望の別名、とは言い過ぎではないのか?

○確信・信憑が「思考の出発点」ということでよいか? ⇒ 確信・信憑は「主観」である。 ⇒

 ならば、「主観」が「思考の出発点」ということか?

○「自由の相互承認」の「自由」とは何か?

以上の中から、まずは「「本質」とは何か?」を入り口として、フリーな対話を開始した。

●本質(エッセンス)とは、「そのもの足らしめている決定的なもの」である。

●本質は、文脈、観点、欲望などによって異なってくる。

●本質は、定義ではない。事実ではない。真理ではない。

●定義とは、他と区別するためになされるものである。

●定義は、先に行わるもの(演繹的~例:整数をnとする)と、後に行われるもの(帰納的~例:恋とは〇〇というものである)がある。

●本質は、事実そのものでなく、意味の世界のものである。

●本質は、共通了解とは無縁の、絶対的、不変的な真理のようなものではない。

●「欲望」よりさかのぼると、人間には「知覚」というものがより根本にあるのではないか。

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

○本質とは、人間として、できるだけだれもが納得できる、その「経験」の意味

○本質観取は、ひとりで考えたことをみんなで考え直すこと

○本質観取はひとりで考えるより、みんなで考えること。

本質は共通了解を探っていくことだと改めて認識できた。

超ディベートは少し弁証法的なのだと感じた。でも競技ディベートより平和的で良いなぁと思った。

私ももっと苫野さんには平和的な言い方をしてほしいなーと思った。

○この本は多くの重要なテーマが含まれていた。

今日、話題にならなかった欲望と意味の話

ニセ問題とはどんなものかなど。

別の機会に話したいと思った。

(でも本を読んでないと共通の話題は難しい)

○苫野氏の文に少し苦手なところがあった。 「鋭い読者のみなさん……」ほか6カ所

自分の欲望のせいか?

○意見交換や、他者の疑問を共有し、自分でも思索することで、本書の理解が、多角的で深くなった。(身体知化した)

 (記録:本間正己)

 

[第95回目の記録]テーマ「 囚われ(とらわれ)

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第95回目の人生カフェは、平成30518()午後7時〜9時、男性6名、女性3名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:比良正彦)

この日のテーマは「囚われ」

リード文

「囚われ」この正体が見えれば、いいことにつながる気がします。

囚われとは何か?

○○は自分の信念なのか、こだわりなのか、囚われか?など

頭に浮かんだモヤモヤを問いのかたちで出しあい、それを皮切りに対話を進めます。

何かが見えてくるか?

どんな新たな問いが生まれてくるのか?

まず各自からメインテーマに繋がることを問いの形で出してもらった。

〇信念と囚われの違いは何か?

〇囚われと信念は違うのか?

〇囚われとこだわりの違いは?

〇どんな囚われがありますか?

〇なぜとらわれるのか?

〇囚われに気づく時はどういう時か?

〇とらわれる事は悪いことか?

〇囚われは自分で持つのか?自分の外からもたらされるのか?

〇成長したい、よくなりたい、囚われは、刷り込みか?

〇囚われは意思の力なのか?

〇当人から囚われと思い込めば囚われで、当人がもう乗ってれば囚われではない?

〇何事にも囚われない状態はあるのか?生きている事は何かに囚われることか?

〇囚われるをとらえるとするとどうだろうか?

〇囚われとは何かの不自由を感じるが止められないコト?

〇他人の評価が気になることと囚われの関係は何か?

〇囚われは生きていく上で必要か?

〇人の考えに囚われながら生きていくのは良いことか?

囚われから脱するには?どうすれば良いか?

〇囚われにどう付き合っていくのがいいのかいいのだろうか?

〇心がとらわれている時、体はどうなっているか?

これらの問いをゆる~く、

「実態」⇒「原因」⇒「対応」の流れを意識しつつ、対話。

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

・ 囚われ 本当の欲望・気持ちを隠したごまかしの安定スペース なるほど、だから止められない。

囚われそのものをどうにかしようとするより本当の気持ちを「見る」のが突破口なのか?

囚われとは何かますますモヤモヤになりました! 今後の日常生活の生きるヒントになればと思います。

枠を持ちながら、枠を変化させていく、時には枠からはみ出る。

囚われの捉え方が広まった。メカニズム、メリット・デメリットそれらがなんとなく整理できた。

囚われと自己評価の関係

●1つのテーマから様々な意見が出て興味深く聞けました。見方はいろいろあると学べました。

とらわれる事の良い点と悪い点に気づきました。

囚われからは離れられないが、自由に関わるにはどうしたら良いか?

「生きることにとらわれている」という意見があったが、「囚」と言う字は本当に良くできていると思った。

  (記録:比良正彦)

 

[第94回目の記録]テーマ「 主に生きがい、それと死にがいについて考える

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94回目の人生カフェは、平成30512()午後130分〜5時、男性4名、女性4名、計8名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 この日のテーマは「主に生きがい、それと死にがいについて考える」であった。

 まず各自に現在の「自分の生きがい」を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 ◯哲学カフェ・哲学対話

 ◯銭湯ラン

 ◯そもそも生きがいと言うことが何なのかがわからない。

 今最近興味があること(マイブーム)というと「こどもの哲学対話」

◯子供…と言えるのか?自分か?

100歳以上健康的に楽しく生きること

◯重い意味の生きがい:なし

軽い意味の生きがい:家族

◯子供の成長(期間限定)

◯好き勝手に時間を使えること

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

◯死ぬまでにしたいこと。それってどう意味があるのか?

◯生まれた時は「生きがい」なし。

いつ(成長過程)「生きがい」が生まれるのか?

どう変化するのか?

それはどうして生まれるのか?

◯あなたの人生のストーリーは何ですか?

◯重い生きがいは必要か?

生きがいのない人生は無意味なのか?

◯・生きがいとは何か(もやもや)

・生きがいとは使命()なのか?

・生きがいとは個人的なものか社会的なことか?

◯「生きがい」自然と生まれるものか?自分で作るものか?

◯生きがいがある人は幸せになれるのか?

生きがいと趣味は一緒?

◯結局はすごく個人的で身近で小さな楽しみ/目標のようなこと?

しかもけっこういっぱいある?

以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

●生きがい…生きる張り、幸せ、意義(広辞林)

●「生きがい」軽⇄重のグラデーションがある

●軽い生きがい…日々感じる楽しみ、マイブーム等

重い生きがい…生物学的使命や、社会的使命、生きなきゃいけない理由等

●使命感は生きがいにつながるか?

●生きがいは自分で作るものか?

●生きがい…ストーリー、神話、ナラティブ

●生きがい…人生を貫くテーマ

●生きがいの有無は、幸福感に関係してくるのか?

●生きがい…楽しい、心地良いだけではダメなのか?

生きがいは苦しみとセットという感覚は、刷り込みではないだろうか?

●生きがいは個人の感覚に根ざしていること

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「重い生きがいは必要か?生きがいのない人生は無意味なのか?」

●生きがいという言葉…入れ込んでる感がある

●生きがいが無く、ただ生きているだけではダメなのか?

●重い生きがい=責任・使命・役割

●生きがい…人生を貫いているもの(生きる上での自分の軸)

●生きがいの源はいくつもある

●生きがい…

 ・熱中できるもの夢中になれるもの(自分の為)

・自分が必要とされている感、相手に喜んでもらうこと(相手のため)

・達成感(自分のためでもあり、相手のためでもある)

●重い意味の生きがい…ストーリー。自然に生まれるもの。失ったら生きる意味がないもの。(中長期的であり「苦」と「楽」がセットになっている)

軽い意味の生きがい…生きてる上での楽しみ、張り合い。(短期的であり「楽 」の側面が強い)

●生きがいを重い・軽いに分けることに違和感を感じる

●他人がいないと生きがいは生まれないのか?

●「他人の喜び」と「自分の喜び」どちらにも偏らない、その両方のバランスの中に生きがいがあるのではないか?

●「他人の喜び」を確認する術は無い…よって自己満足なのではないだろうか?

●自己満足からの行為でも、他人のフィルターを通して「必要とされている感」を感じられるフィードバックを受ける事により、生きがいを感じられることもあるのではないか?

●「自己満足」と「他人のフィルター」のバランス感が大事ではないか?

●神に仕えることが生きがいになるのは何故か?

●神が生きる目的を与えてくれるからではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯哲学カフェ(哲学対話)が人からある程度必要とされ、私自身が熱中できるものになればいいなぁ!→そうすれば本当の生きがいになるだろう!

◯生きがいとは

① 「自分が」夢中になれる物事

②他人が自分を必要としていると「自分が」思える物事

③課題、問題、不安などが解決した「自分の」達成感

◯なくてもなんとかなる/楽しいだろうけど“重い”生きがいもあるといいなぁ

◯モヤモヤの課題

キーワード→「社会」「必要とされる」「自己満足」とは?

◯自己肯定できた。自分のためは人のため。

◯生きがいは自分が幸せであるためにはあったほうがいいと思うが、生きがいの有無は多分に運もあると思う。

◯ ①自己満足 が大きいことをわかっていたい

②革命家(ヒトラーとか?)と良い人(ガンジーとか?)の違いとは?

後世に役に立ったか?

③知的な対話を楽しみました。ありがとうございました。

◯私の生きがい=自己満足だったのか…?

もう少しよく考えてみたいテーマが残りました。

面白い対話でした!

(記録:髙橋あずさ)

 

[第93回目の記録]テーマ「信じる」

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 93回目の人生カフェは、平成30511()午前10時〜12時、男性3名、女性3名、計6名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:髙橋あずさ)

 この日のテーマは「信じる」であった。

 まず各自にこのテーマに対する自分なりの回答、思う事や疑問点を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 ◯何かを信じることが幸せにつながるのか?

 ◯信じる事はよいことか?

 信じない事はいけないことか?悪いことか?

 ◯「信じない」とはどのような考えか?

 ◯信じられること・ 人、信じられないこと・ 人、どうやって見分けるか?

◯信じられる理由は、対象にあるのか?自分にあるのか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「何かを信じる事は幸せにつながるのか?」

●信じる=期待する?

●信じる「過程(プロセス)」と「結果」

●信じる過程と結果は別物である

●信じる過程には「信じられるとき」と「信じられないとき」の両方(ゆらぎ)が存在するのではないか?

●何かを信じる過程は「ワクワク、ドキドキ」する

●何かを信じる過程(プロセス)が幸せか?

●過程が幸せであっても、結果不幸になることもある。

●信じる=幸せを期待することか?

●信じる=納得できることか?

●信じる過程については、自分の意思で選択できるが、結果については運命や宿命が関係してくる(自分の意思が及ばない)こともある

●意図的に信じることと、なんとなく(直感的に)信じられることがある

●なんとなく信じられる(直感)は主観的なものであり、他の人と共有することはできない

●信じられない=不安。信じられる=幸せ。

●「信じる」の中にもレベルのグラデーションがある。

●無意識に信じていることと、意識的に信じること。

:無意識に信じていること…日常の出来事(いつも通りに電車が走っていることや、いつも行くお店が今日も存在していること等)

意識的に信じること…人や考え等

●「信じられる」と「信じられない」を分ける源は、情報量にあるのか?

●インターネットの普及で情報量が増えたことにより、逆に信じられないことが増えてきているのではないか?(人を信じられず、お金だけを信じている若者等)

●信じる事は、自分を助ける手段である

●信じる=期待(裏切られないだろうという期待)

●私たちは、日常的にいろいろなものを信じて生きているが、脳が慣れていて意識していないだけである

●私たちは「信じる」ということを日常的に使い分けているのではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯自分が信じている事は大切にしていきたい。信じられるものがあることが幸せ。

◯自分は意識していなかったが、信じられるものがあるから生きているのだろうと思えた。

◯何かを信じられる人は幸せ。でも、それは時と場合で使い分けたいねー

◯信じられることは良いことだ!

◯信じる…期待感・情報量・幸せ…

 今日も気づきの多い、良い対話でした。

◯高橋さんの哲学カフェのスタイルを極めてください。(本間氏は忘れて!)

(記録:髙橋あずさ) 

[第92回目の記録]テーマ「存在」

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92回目の人生カフェは、平成30428()午後130分〜5時、男性4名、女性3名、計7名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

この日のテーマは『史上最強の哲学入門』(飲茶、マガジンマガジン・河出文庫) 4ラウンド 存在の「真理」の読書会という形式で行われた。

最初に、各参加者から読んでいてよかったと思ったところや印象に残ったところを挙げてもらった。

出されたものは以下の通りである。

◯存在するとは知覚されることである(バークリー)

◯主観的な意識体験

「現象学」って何…?(フッサール)

◯ある科学理論がホントウに正しいかどうかよりも「なぜそういう科学理論が脳の内側で生じたのか」という「起源」の方を問いかけるべき(フッサール)

◯存在とは人間の中で生じるもの。「存在」とは言葉であるということ。存在とは何かと問いかけているのは、明らかに人間である。(ハイデガー)

◯「そんなの(外側の世界)は思い込みに過ぎない」→独我論宣言

「一向にかまわん」(フッサール)

言語とは差異のシステム(ソシュール)

区別の体系(共時・恣意)がない→価値観の体系

◯存在とは人間の中で生じるもの

はっきりしている事は「存在」は言葉であるということだ(ハイデガー)

つまり言語とは「存在をどのように区別したいか」という価値観に由来して発生するものであり…

価値観の違いこそが言語体系の違いを生み出している(ソシュール)

◯あなたが見ている「世界」とは、あなた特有の価値で切り出された「世界」であり、その「世界」に存在するものは全てあなた特有の価値で切り出された存在なのである(ソシュール→飲茶)

以上のことを踏まえて、フリーな対話に入っていった。

●著者(飲茶さん)の書き方がわかりやすい。

●ニュートンは哲学者?

●ソシュールは言語学者であり、「存在」のテーマにカテゴライズされているのがピンとこない。

●従来の哲学書(誰々はこう言った形式)に対し、この本はテーマが明確になっていて面白いし、わかりやすいと思った。

●哲学用語が分かりにくい部分がある。例えば「現象学」とは?

●タレスの「万物は水である」という考え方が画期的である。

●人間が知覚する→存在する。(バークリー)

知覚=五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)であるとすると、知覚していなくても存在するものがあるような気がする(イメージや意味など)

●自分にとってリアリティーのあるものは存在する→他人と、この存在を共有できるかは疑問

●知覚する→ある(バークリー)

ある→知覚する(これまでの考え方)

●マッハの絵(表象)について(フッサール)

マッハの絵…見たもののそのまま

私達は実際には、マッハの絵のようにものを見てはいず、各自のバイアスが入った状態でものを見る…主観的な意識体験

あらゆる確信は全て主観的な意識体験から始まる(フッサール・現象学)

●フッサールの独我論について

そんなの(自分の意識の外側の世界)思い込みに過ぎない→いっこうにかまわん!

 ●主観と客観について

理解は自分のものでしかない→自分の限界→他人の心までは到達できない

●言葉は存在の家である(ハイデガー)

存在=言葉=人間と言えるのではないだろうか?

●価値を切り出しているものが存在である(ソシュール)

●存在と価値の関係

●対象を区別していない子供のときには見えていなかったが、区別をし始めた途端にその存在が見えてきたと言う経験がある(美人・不美人や、金持ちと貧乏の存在等)

●社会的な規範で対象を区別することも多い

●ソシュールの言語学

・差異のシステム

・共時性(これまでの通時性に対し)

・恣意性

●五感で知覚できる→信じられる→存在する

●五感で知覚できないものの存在、非存在(形がないもの)の存在をどう考えるか?

数字、刑事のカン、職人技、愛、ペガサス、小説の登場人物など

●結局のところ「存在する」という概念の由来は「物質があること」ではなく、「精神が知覚できること」からきており、僕らの精神の知覚そのものが存在であると言わざるを得なくなる(バークリー)

●数字の「1」を知覚→どうやって?→先天的か後天的か?→人間に先天的に備わっている?

●知覚できることは、個人的体験によるものでは?

●体験しなくても理解できる、人間に普遍的なものもある(数字の概念等)

●心理学のカウンセリングなど、クライアントの主観的意識体験を大切に扱うが、これは現象学が源となっている

●カウンセリングやコーチング等の源泉はソクラテスの問答法にあるのではないか?

●哲学カフェのファシリテーター=促進者=陣痛促進剤?()=産婆術(ソクラテス)=苦しみながらも新しいものを生み出す存在

●価値と存在

●存在そのものに価値がある?

行動に価値がある?

●行動しなくても生まれる価値がある→体験価値(フランクル)

・創造価値

・体験価値

・態度価値

●主観的な価値と客観的な価値

●人間が2人以上いるから価値が存在するのではないか?(山の中で一人きりの三年寝太郎の価値をどう見るのか)

●存在の価値は関係性に由来している

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯価値って誰が決めるの?

自分だけで全て決められないでしょう!

価値はどう出来上がっているか?

◯「存在」と言う言葉

ヘラクレイトスからニュートンまでは「物」「物体」の意味。

バークリーからソシュールまでは

「物があること」の意味で使った。

◯話を進めていく中で言葉の定義のズレを認識した。

それは発見だったと思う。

  ◯哲学的な本をベースに各人の言葉で対話できたことが楽しかった。

◯存在(ある)を意識すると無が出てくる

価値(ある)を意識すると無価値があらわれる

そのことを考えたい

◯「価値」

もっといろいろと聞きたかったです…

 (記録:髙橋あずさ)

 

[第91回目の記録]テーマ「対話が深まるとはどういうことか?」

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91回目の人生カフェは、平成30420()午後7時〜9時、男性6名、女性5名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)この日のテーマは「対話が深まるとはどういうことか?」であった。

  まず各自にこのテーマに対する自分なりの回答や思う事や疑問点を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

◯混沌(もやもや)から抜け出る(突き抜ける)

◯変化すること

自分の中から出てきた言葉

議論、会話と違うところ?

◯終わった後の充実感

参加者が自分の言葉で発言できている

参加者が考えている

また参加したいと思う

◯「親密」「考える」「優しい」

◯根

◯・共感・同意・理解(対立点含)

◯意味づけ

◯対話と友達

・歯車がかみ合う

・おしゃべりのだいごみ

・ホンネの楽しみ

◯・共感(必要なこととして…頭で分かっただけで対話が深まっていくのか?疑問)

・追体験(共感を軸として、他者の体験を自分ゴトとして考えていく)

・ユリイカ(わかることの快感)

◯集団(狭義の対話) /個人(内省)~(広義の対話)

「狭義の対話」の深まり=普遍性

◯お互いが「ここちよく」話しができている時、状況かな?

◯相互作用→誰が言った意見か分からなくなる

 以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

●対話には、話し手と聞き手が存在する。

●「哲学対話」と「ビジネス対話」の違い。また「雑談」「会話」「おしゃべり」「議論」と「対話」の違い

●聞いているだけの対話(自分が変わる)もある

●自己内対話(内省)もある

●意味付け=発明である

●混沌から抜けてなくても、対話が深まっている時もあるのではないだろうか?

●対話が深まっている…主観的な「噛み合った感」「本音が言えているかどうか?」

●「お互いがここちよく話ができている状況」…否定的でない雰囲気。「快」の感覚を感じる時

●「集団の深まり」と「個人の深まり」は分ける必要がある

●「集団の深まり」=場にいる人の普遍性

(場にいる万人の納得感)

●「相互作用」と言う言葉で思い浮かんだ事…ジャズバンドの中の1人のアドリブで、そのアドリブにメンバーが呼応し、どんどん演奏が深まっていく様子

●相乗効果(シナジー)

●インタラクティブ

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

 テーマ「相互作用→誰が言った意見か分からなくなる」

●「対話が深まる」とは「自分が高まる」ことだろうか?

●人間関係=相互作用である

●「対話が深まる相互作用」もあれば「対話が深まらない相互作用」もあるのではないか?

●相互作用は「生きている者同士」でしか起こらない

●「誰が言った意見か分からなくなる状況」について

・場が盛り上がってくる

・心地よさを感じる

・対話の広がりと深まり

・みんなの納得感が出てくる

●混沌→相互作用→深まり

●「会話」「議論」と「対話」の違いについて

メンバー…「会話:同質」「対話:異質」

テーマ…「会話:変化する」「対話:変化しない」

ルール…「会話:無」「対話:有」

場の設定…「会話:自然発生」「対話:人工的発生」

結論…「会話:無」「対話:無」「議論:有」

●対話が盛り上がるとは?

●盛り上がる=深まる?

●盛り上がる=歯車が噛み合って、話が回っていく?

●とある哲学カフェでは対話がボケとツッコミの繰り返しになり、盛り上がった

●ボケ=広がり(混沌)、ツッコミ=深まり(まとめ)

●深まり=疑問を持つ→考える?

●共感(興味・関心)がないと対話にならない?

●共感がなくても対話は深掘りしていける?

●同調≠共感

●「このおせんべい美味しいね」→「美味しいね」…共感

「このおせんべい美味しいね」→「美味しくないよ」…共感無し

共感無しでも、対話が深まる可能性があるのでは?

●対話の広がりと深まりの関係

●参加者の理解度のレベル感により話が分からなくなる時には、切り口を変えてみることで深まるのではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯話す・聞く→疑問→考える→話す・聞く→疑問… (繰り返し)が、深まるということ…?

◯「深まる」ことと、「よい対話」は、イコールなのか?

◯「共感」と言う事の呪縛をどう考えるか?

共感+αのところ

◯①もやもやの状態でも後で深まったなぁと思えばよし

②もやもやつき抜けの再定義

③よく考えたなぁ(特に「共感」を)

◯対話はよい対話も悪い対話もある。深まるのは良いかと良いのか悪いのか難しいと思った。

◯ 結論…次回に持ち越し

◯相手の意見について 理解しようとして 考えることによって 自分の考えに多面性が 出ていくのが おもしろい。

◯そもそもくっきりした「対話」の定義はなかった。

こんな感じかと思っていた。

しかし改めて様々な考えを知ると、なんだろう…と言う気になる。

ここで強固な定義に至ると言う道もあったかもしれないが、わからなくなった。

「わからない」でしばらく放置しておくと何かの拍子に「これだ!」と思えるものが出てくるかもしれない。

対話とは言えども答えは私の中にあるようだ。

◯対話が深まるとは「考えが変化する」ことを楽しむことかな?

◯もやもやが深ければ深いほど晴れた時のすっきり感は大きいのでは?

◯思ったよりむずかしいテーマだった。

対話はどの程度ニンゲンにとって意味のあることなのか?

(記録:髙橋あずさ)

 

[第90回目の記録]テーマ「介護「と」施設」

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第90回目の人生カフェは平成30年4月14(土)午後1時30分~5時、新宿区榎町地域センターで、男性5名、女性3名、計8名で実施された。(以下、ファシリテーターの岡村正敏さんの記録である。)

「人生カフェ」の場を借りて対話のファシリテーターを務めさせていただきました。テーマは『介護「と」施設』。https://www.facebook.com/events/1625782267459666/

福祉関係者やご両親を介護した方、今まさに介護中の方等8名が参加しました。今回ファシリテーションは難しく自己採点も50点。皆様の関心のベクトルと対話進行の志向が完全にずれていたのが大きな要因でした(関心のベクトルが問題解決や事例報告を志向していたのに対話の進行は問いを深める対話を志向していて、この修正に手間取ってしまったという事)。後半安楽死に焦点が絞られてきてそこでようやく対話らしくなってきた事が救いでした。反省点としては『介護「と」施設』という具体的過ぎるテーマが、この場を介護に纏わる問題解決志向の「場」という誤解を皆さんに与えてしまった事が大きいと思います。今回ならよくあるテーマかもしれませんが「安楽死と尊厳死」や「君たちはどう老いるか」何ていうのもタイムリーで展開しやすかったかなと思います。

以下具体的な発言を記してみます(多分に私の主観によっている事はお許しください)

--------------------------

在宅でも施設でも介護は人手が足り無い事が虐待や介護の質の低下になっている。人手が足りる為には十分な給料が払えなければならない。しかし処遇改善などでせいぜい1万~2万給料が上がったからと言って平均給与と10万の差があるという事実は大きい。1万~その程度で介護に質は変らない。介護保険に頼らなくても個人で介護士を十分な給料を払って雇えば質は保てる。介護の質の問題は給料や人手の問題ではないのでは?介護士が足りれば介護現場のストレスの量は減るだろうが質は変る事はない。問題は感情労働のストレスの質に耐性のないタイプの人達が介護士として現場に参入してしまう参入のシステムが原因ではないか(それを作ったのは介護保険制度)。これが介護に適さない人が現場に残り適する人が出ていかざるを得ない業界の「風土」を形成してしまっている。この「風土」をどうやって変えていくかが重要。今おそらく介護やケアに真剣に取り組もうとしている者は、地域のコミュニティや介護保険外のインフォーマルな実践の方に活動の場を求めているような気がする。

 

家族での介護にしろ介護士による介護にしろ思想がないと介護は出来ない。「死」に対しての考えを深める事。何故高齢者をケアするのか?長生きさせるためか?長く生きる事に価値はあるのか。弱者という言葉を使うならば高齢者は限りなく出来なくなっていく存在。限りなく弱者になっていく。弱者を強者の土俵に引き上げることが介護やケアの目的ではない。弱者は互いを補い合うことが出来る。そういう相互の結びつきが価値だろう。それはお互いに結びついて生きる事の価値。生きる事は本当に価値なのか。ならば意識のない植物人間は生きているだけで価値があるのか。そこに在るだけで価値があるという考え方もある。そこに在るだけで関係は生じる。それが価値?しかし家族の負担だけが増えるという負の関係であるのでは?そもそも意思決定や個人の自律は日本にはなかったものだ。そこで日本の価値として関係性に生きる事や命の尊さを持ち出すことは、植物人間を例にする負の関係性を、義務として暗に強要する事になってはいないのか?

 

[第89回目の記録]テーマ「焦り」

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89回目の人生カフェは、平成3046()午前10時〜12時、男性4名、女性2名、計6名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

 

 

この日のテーマは「焦り」であった。

 

(リード文)

 

どうして焦ってしまうのか?

 

焦りとは何か

 

焦るのは良くないことか?

 

私達が感じる「焦り」について考えます。

 

 まず各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

〇あせりはネガティブなものか?

 

〇焦りは悪いことか?良いことが最初に浮かびにくいのはなぜか?

 

〇良い焦りと悪い焦りの違いは?

 

〇焦る原因は… ・自分自身か ・自分の外側か どちらにあるのか?

 

〇焦りと慌てるはなぜセットになってくるのか?

 

〇あなたは死ぬまでにしたいことによって焦っていますか?

 

 

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

 

 テーマ「焦りは悪いことか?良いことが最初に浮かびにくいのはなぜか?

 

●焦りには不安や迷いが伴う。

 

●どう行動していいのか分からなくなることがある。

 

●間違った行動をしやすくなる。

 

●人の焦りは見ていて、見苦しい場合がある。

 

●しかしながら、焦りは純粋な生命エネルギーや感情の表現とも言える。

 

●焦りは「期待」があるから生じる。

 

●期待を実現するのに、時間が足りない、お金が足りない、能力が足りないなどから、焦りが生じる。特に、時間の問題は大きい。

 

●女性看護師が市長を救命するために、相撲の土俵に上がり、主催者側(相撲協会)が女性は土俵から降りるようにアナウンスした事件についての話が盛り上がった。

 

 ・女性看護師は焦っていなかった。知識と長年の経験による冷静な行動だった。

 

 ・焦っていたのは主催者側(相撲協会)の方である。

 

 

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

 

〇あせりを感じたら、期待(自分はできると思っている)のあらわれだと思う。

 

〇時間が足りない 焦り どうしよう??  

 

 生命エネルギー 期待感 ポジティブにとらえたい

 

〇「焦り」は生命(いのち、エネルギー)のサインかも。ならば大切に尊重したい。

 

〇あらためて焦りに感謝 それを受け入れてくれた友人にも感謝

 

〇私にとっては、焦りは「時間」との調和によって解決していきたい。

 

〇今日も、日常的には全く考えないテーマを集中して考える環境が与えられ、脳の運動不足解消になった。

 

(記録:本間正己)

 

[第88回目の記録]テーマ「真理」

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88回目の人生カフェは、平成30331()午後130分〜5時、男性7名、女性3名、計10名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

この日のテーマは『史上最強の哲学入門』(飲茶、マガジンマガジン・河出文庫) 1ラウンド 真理の「真理」の読書会という形式で行われた。

最初に、各参加者から読んでいてよかったと思ったところや印象に残ったところを挙げてもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 ◯プロタゴラス・相対主義

(多数派・ポピュリズム)

ソクラテス・無知の知

◯無知の自覚こそが真理への情熱

◯真理とは人間によって規定されるものである。

◯僕たち人間が見ている世界なんて所詮「人間にとっての世界」であり、ほんの一面的なもので、実は人間の感覚器官の外側には全然違う世界が広がっているかもしれず…

◯ヘーゲルからキルケゴールの流れ。

弁証法(闘争)によって未来へ真理をたくしていた時→オレの真理こそ真理とした点。

 ◯レヴィ=ストロース

サルトルの実存主義(共産主義)に対する異論

◯生きるための道具

その道徳の正体が、社会的な都合で生まれたものであれ、確実にみんなの生活の役に立っているのだから「素晴らしい道具」であるとみなす。

◯つまり、時代が進むごとに真理が明らかになるどころか「到達できない真理」がたくさんあると言うことがどんどん示されていったのである。

 ◯「ホントウ(真理)」とは、理解不可能な「他者」の中に見出す新しい「可能性」のことである。

◯うまくいかないはずの「私」と「他者」との関係(対話)を断絶させずに成り立たせている原動力とは、人間の「真理(ホントウ・幻想)」を求める熱い想い。

以上のことを踏まえて、フリーな対話に入っていった。

●哲学史がコンパクトにまとめられていて、力強くわかりやすい内容であった。

●一方で、簡単にまとまりすぎており、抜け落ちてるところが多いのではないかという不安も残る。

●アダム・スミス、キリスト、マルクスは哲学者なのか?

●哲学と言うと西洋哲学のイメージが強いが、同じ著者の東洋哲学の本も面白かった。

●哲学の導入書にしては最強ではないだろうか?

●「無知の知」はなぜ真理に近いのか?

●カントは理性とともに感性も重視していた?

●古代ギリシャでは科学も哲学も同じ分野とされており、哲学の方が重視されていたように思えるが、現代日本では哲学が重視されていないように思える。

●ヘーゲルの弁証法について「闘争」という言葉を使うのはどうなのだろうか?

●ヘーゲルの弁証法については、2つの違う考え方を、アウフヘーベンしていく方向で考えるので「闘争」ではなく、平和的なやり方と言える。

●「理想的な人間像」に向かうサルトルの考え方に対し、レヴィ=ストロースの「自分の立ち位置における真理を追求する」という考え方に好感が持てる。

●デューイのプラグマティズムに対して…

役に立たないものは真理ではないのだろうか?

●レヴィナスの「新しい可能性を求める熱い思い」とソクラテスの「真理への情熱」は同じ事ではないか?

●なぜ人間は真理を求めるのだろうか?

●真理が分からないと不安だから求めるのだろうか?

●みんなが納得できるもの(真理)があるという事が、共感・安心できるからではないだろうか?

●真理は社会的な文脈で成り立つ(ハーバマス)。周りの承認で決まる?

●言葉で伝えられる事には限界がある。(デリダ:読み手中心主義)

●真理≠真実のこともある。

●真理=無いもの?

それでも、無いものを求める心(情熱)が大事では?(意味があるのでは?)

●真理の方向性について考えられるものは?

・役に立つ(プラグマティズム)

・合意(皆が共感)

・幸福

・多数派

●ソクラテスが死をもって証明した真理とは何か?

・無知の知。

・善く生きること。正しく生きること。

・自分自身の信念。

・「法を守らなければいけない」と言う決まり(悪法であっても)

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 ◯ ①真理は定義が曖昧で存在を肯定・否定することはできないが、真理を追いかける姿勢には価値がある。

②何を真理か分かっている人はいないのではないか?真理…

③これまでの歴史を見るとこれからも真理の結論は出そうにないが、それを追いかけるかどうかは個人の自由だ。

◯「真理を求める熱い思い」とは、不安を解消するため、真理がないと不安。

①自然現象(自然原理)が分からないと不安。

②他人の言動が分からないと不安。(哲学の原理=哲学カフェで追求する真理)

◯現代にとっての真理らしさ

歴史を物語る・物語マーケティング…多

私にとっての真理・エランビタール・慈悲…少

◯哲学の流れと論点が少し明確になった。

◯新たな問い

なぜ自分は「真理をつかみたい」と思うのか?どこから情熱がわくのか?

今のところの答え

(真理はある。と、どこかで確信しているから?かもしれない)

◯哲学者は真理は見つかるものと考えていると思っていましたが、この本を読んでカントが真理には到達できないと言っていることを知って、とても嬉しくなりました。

◯ 哲学とは考え続ける営みではないかと思います。皆様からのいろいろな話を聞くことができ、とても楽しかったです。

◯ソクラテスの話題が楽しかった。

◯私は「真理」では死ねない。

 ◯哲学者の真理への情熱はすごいと思いました。

(記録:髙橋あずさ)

[第87回目の記録]テーマ「わかっちゃいるけど……」

 

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87回目の人生カフェは、平成30316()午後7時〜9時、男性5名、女性1名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:比良正彦)

 この日のテーマは「わかっちゃいるけど、、、」であった。 

〔リード文〕

 こう言って、言われて、思い浮かぶこと、感情、モヤモヤ感などなど
これらを問いの形にすることから、対話を深めていきます。

 

まず各自からメインテーマに繋がることを問いの形でだしてもらった。

〇甘いものを止められないのはなぜか?

〇意志が弱いって悪いことか?

〇わかっちゃいるけどやめられないのになぜやるのか?

〇わかっているってどういうこと?

〇わかっちゃいるけどって本当にわかっているのだろうか?

〇わかっちゃいるけど、、、は言い訳か

〇人との交わりは大切である、わかっちゃいるけど、でも煩わしい。

〇わかっちゃいるけどスマホゲームをやりすぎてしまうのはなぜだろう?

等々

 

これらの問いを整理しながら対話を進行。

 わかっちゃいるけどやめられないのは、

・アルコール

・ゲーム

・惚れる

・甘いものをやめられない

 など「スーダラ節」の歌詞に通じるような。

 

キーワード的にすると

・無意識

・本能

・ハレのケのハレ

その反対の状況を考えた。

・意識

・社会的価

・ハレとケのケ

などなどの言葉が出てきた。

 

それを見比べて対話がさらに進み、

・バランスの問題

・他人に迷惑をかけなければいいのでは?

などの意見も。

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

わかっているがやめられない。は奥が深いのではないかと思った。個人と社会の問題が横たわっている。

○11なら気持ちも考えも表現できるが、集団場面になると自分の意見を第三者が聞いていると思うと、口をつぐむ。

 まわりがいて自分がいる、自分がいてまわりがある。わかっちゃいるけど口をつぐむ。

 正しいことを言わなくても良い。

意識と無意識、社会的価値と本能、ケとハレ、これらのバランスが大事。

社会的要請を時には軽く受け流して、本能に沿って行動してもいいよという話 … でした。

わかっちゃいるけど、、、と自然に呟かなくなるバランスを身に付けたい。

依存状態の人は、社会の中に自分を見出しにくいのかな?

 (記録:比良正彦)

[第86回目の記録]テーマ「怒り」

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86回目の人生カフェは、平成30310()午後6時〜9時、男性5名、女性2名、計7名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

  この日のテーマは「怒り」であった。

 (リード文)

怒りはどうして生じるのか?

自分の怒りにどう向き合うか?

他人の怒りにどう向き合うか?

 

まず各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 怒りの良し悪し(損得?)

怒りは悪か?

怒りは、太古の生存本能?

怒りがないのは良いこと?

怒りの感情はどこからくるのか?

怒りってみんな同じ?

怒りはどうして生ずるのか?

AIに怒らせることができるのか?

怒ってしまったときに罪悪感(自分が悪いと思う)を感じてしまうのはなぜか?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「怒りはどうして生ずるのか?」

自分の思い通りにならない時(自分が不自由な状態)で生じる。

 遺伝子に組み込まれている生存本能なのか?

 他者が悪いと思う。

自分が対応できないと思う。

この2つの状態が合わさったときに怒りが生ずるのではないか?

 怒りの場面には人との対立が必ずある。

● 3·11を例にとると、「津波(自然災害そのもの)」に怒っている人はあまりいなかったが、原発事故の「政府や東電()」に対して怒ってる人が多数いた。この状況を考えると怒りはやはり人に対して生まれる感情だと思う。

相手がいなくても怒りが生じる事はある(自分への怒り等)

 怒りは自分の領域を侵されたときに生じる。自分を守るための感情ではないだろうか。

アドラーの目的論(意識していない目的のために怒っている場合もある。)

生存本能の怒りと、社会的ツールとしての怒り。

瞬間的な怒り=悪?

理性を働かせた後の怒り=善?

 瞬間湯沸かし器的に発生した怒りには、時間をおく事が効果的。

怒っている人を見るとなぜ不快なのか?

 社会規範に反していると思うから(みんなが我慢していることを我慢していない人に対する不快感)

 怒りを露わにしている人は未熟だと思うから不快である。

プライベートなことをパブリックな場面でしていることに感じる不快感。

 怒りの感情はOK。それを行動に移す(怒鳴る、叩く)NG

 怒りの感情を持つのは、人間である以上自然なことである。

怒りたくても怒れない人は、今あるものを壊したくない気持ちが強いのではないだろうか?

 人と人は、価値観が違うからぶつかる(怒る)

 人間は自分が悪だと思った事はやらない。

理性的判断後の怒りは、悪では無いのではないか。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 中高年はなぜ怒るのか?

「怒り」感情は大切にして、行動に移すまでの時間があれば、怒りの本能(身内を守る防衛本能など)を分析する。(内省) (忘れる)

怒りにテーマを絞って対話したのはなかなかよかった。〜私にとって怒りは悪なのか

 人間であれば怒りの感情持つのは有り。それをどう表現するか。どう受け止めるかが人間の成長、深さによって変わってくるのかな?日本人は公憤が少なくなった。

 ・内省がない怒りはいかがなものか?

・事実と違うところで怒っていないか?

・感情ー認知ー行動のレベルの違いは?

 怒り目的論怒り生存本能論(自己防衛論)

 怒りは「忘れるのが1番」を大切にしたい。

(記録:髙橋あずさ)

 

[第85回目の記録]テーマ「人生の後半」

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85回目の人生カフェは、平成3032()午前10時〜12時、男性2名、女性4名、計6名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日のテーマは「人生の後半」であった。 

(リード文) 

人生の後半とは人生の下山ということか? 

前半に対して後半とは何か? 

人生の後半は老いの問題か? 

 

まず各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。 

出されたものは以下の通りである。 

〇人生の後半は登り坂か?下り坂か? 

〇どうしたら良い人生だったと言って、この世での最後を閉じられるか? 

〇そのために人生の後半をどう生きるか?

〇(あなた・私にとって)人生後半を「しあわせ」に生きるとは何だろう?  

〇人生後半の良さは何か? 

〇後半は新しい人生となりうるか? 

〇後半を生きる者にとって、前半とは何なのか? 

〇前半の意味は後半に影響するか? 

〇社会からどう離脱していくか? 自分をどう生きるのか? 

〇人の役に立つこととは? 旧来の考え方は役に立つのか? 

〇前半と後半の区分の意味はあるのか? 

〇100才以上を健康的に生きるにはどうしたらよいか? 

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。 

テーマ「人生後半を「しあわせ」に生きるとは何だろう? 

●日常の小さな出来事に幸せを感じる。 

●今日行く(教育)ところがあり、今日用(教養)があることが幸せである。 

●困難や苦しみを脱け出たときに幸せを感じる。 

●幸せを感じるセンサーを高めていきたい。 

●人間関係が幸せにかなり関係がありそうである。 

●人生の後半を考えるときに「死」の問題は避けられない。 

●メメント・モリ(自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな) 

●死をなぜ忌み嫌うのか? 

●それは、死・死後を予測できない、コントロールできないことによる不安から来るのか? 

●人生の後半において、「幸せ」と「死」はキーワードであり、今日はそれについて対話ができてよかった。 

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。 

〇人生の後半…死と仲よくなる…エンディング・ノートを65歳の時に1度書いてみる。 

〇幸せだなぁと思えることをしながら、これからの人生を生きて、人生を閉じたい。 

〇誰かの句? 「いろんな事をしてきたけれど、死んでみるのはこれが初めて」 人生後半に必要なもの~勇気とある程度の体力 

〇死について考えること  自分の頭で考えること 

〇生きがい、死にがい(死と仲よくなる)とは何か? 

〇人の話を聞く事で、自分の考えが整理されていくと分かった。 

(記録:本間正己)

 

[第84回目の記録]テーマ「君たちはどう生きるか」

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84回目の人生カフェは、平成30224()午後130分〜5時、男性5名、女性2名、計7名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。

 この日は『漫画 君たちはどう生きるか』(原作 吉野源三郎、漫画 羽賀翔一、マガジンハウス)の読書会という形式で行われた。

最初に、各参加者から読んでいてよかったと思ったところや印象に残ったところを挙げてもらった。

 出されたものは以下の通りである。

  ぼくたちは自分で自分を決定する力を持っている。

いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えていくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを少しでもごまかしてはいけない。常に自分の体験から出発して正直に考えてゆけ。

自分が消費するよりも、もっと多くのものを生産して世の中に送り出している人と、何も生産しないで、ただ消費ばかりしている人間と、どっちが立派な人間か。どっちが大切な人間か。

自分では気づかないうちに、ほかの点である大きなものを、日々を生み出しているのだ。それは、いったい、なんだろう。

君も大人になっていくと、よい心がけをもっていながら、弱いばかりにその心がけを生かし切れないでいる、小さな善人がどんなに多いかということを、おいおいに知って来るだろう。

 いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えていることだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。そうしてどういう場合に、どういう事について、どんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、繰り返すことのないただ1度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが本当の君の思想と言うものだ。

いつでも君の胸から湧き出てくるいきいきとした感情に貫かれてなくてはいけない。

人間と言うものが、いつでも自分を中心として、ものを見たり考えたりするという性質を持っているためなんだ。

人間の悩みと過ちと偉大さについて

ゲーテの言葉

僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。だから誤りを犯すこともある。

しかしー

僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。

だから誤りから立ち直ることもできるのだ。

論語

 過ちては則ち改むるに憚ること勿れ

 だから僕たちはできるだけ学問を修めて、今までの人類の経験から教わらなければならないんだ。

 

次に疑問を感じたところを挙げてもらった。

登場しない人物たち?

学校の教師とコペル君の祖父母が登場しないのは何故か?

人間が本来人間同士調和していくものでないならば

互いに愛し合い行為をつくしあって生きていくべきものなのに

等、綺麗事に過ぎやしないか?

自己中心の考え方大きな真理はそういう人の目には決してうつらない真理を知るためには、その考えを捨てなければならないどうやって?

英雄的な気迫を欠いた善良さとは、どんな善良さなのか?どんな人なのか?

自分では気づかないうちに、ほかの点である大きなものを、日々を生み出しているのだ。それは、いったい、なんだろう?

「いじめる側もめぐりめぐって生産している」とは理解できる面がある一方、後付けの理論に感じる現実もある。ここにあるものは何だろうか?

 消費と生産?

 

以上のことを踏まえて、フリーな対話に入っていった。

●80年前に書かれている(日中戦争が始まった年)という時代背景も、この本の内容に大きく関わってくるのではないか。

自分の気持ち(感じ)を大事にするとは、どういうことか?

これだけ本が売れているのは、今の時代にまた求められている(必要されている)内容だからなのではないだろうか?

 普段自分の感情をそのまま表現するのは難しいが、自分の感情そのものを肯定された気がする。

過去から学び、その上に自分の考えを乗せていくことが大切では?

私たちが存在するだけで日々生み出しているものとは?それは一体何だろうか?

感情やハート?

人それぞれ違うのではないだろうか?

生産と消費の関係。ものを生み出すだけではない。

現代では、ほとんどの人が消費者の観点に立つことが多く、自分が何かを生産してると言う実感があまり持てないのでは。

お互いが影響し合い、何かを生み出しているのでは?

自分中心にものを見る「天動説」

全体で動いてると見る「地動説」

この本に書かれていることが性善説に過ぎるのではないだろうか?

それは著者が自分に言い聞かせている、それでも信じたいという気持ちの表れかもしれない。

人間分子の運動には意思の力が反映されている。

考えていることと、行動は常に一致していなければならないのだろうか?

自己中心的な考え方を、いつでも捨てられるという覚悟を持つことが大事ではないだろうか?

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

ズン ズン ズン 歩いて行く 走っていく(コペル君とおじさん)

生産関係の考えで、つながりの視野を広げて考えることが大事と認識した。

 名著を読み返す心の旅をしたくなりました。さしあたって次は「こころ」を読もうかな。

 現代の若者に、斜めの関係にある「おじさん」のようなポジションの人からのアドバイスがあったらいいのになと思った。

 自分では考えつかない視点を持つことができてよかった。歴史から学ぶことが少なかったが、今後もっと学ぼうと思った。

自尊感情を大切にしたい。

  1人で読んで理解したことの、何倍も理解が深まった時間でした。ありがとうございました。

[第83回目の記録]テーマ「長生きはいいことか」

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83回目の人生カフェは、平成30216()午後7時〜9時、男性6名、女性6名、計12名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。

 この日のテーマは「長生きはいいことか」であった。

 まず各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

私にとって長生きはどう大切か?

長生きのは、どのようなことに対するなのか?

何歳まで生きたら「長生き」なのか?

長生きとは何歳からか?

自分で寿命を決められるとしたら何歳まで生きたいか?

長生きするときの目標、目的は何か?

どんな状態でも長生きするのはいいことなのか?

他人から多大な世話を受けながら長生きすることは悪いことか?

最終が良くないといい人生ではないのか?

健康なら長生きがいいのか?

長生きしすぎは次世代に気の毒ではないか?

長生きするメリット・デメリットは何か?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「どんな状態でも長生きするのはいいことなのか?」

 誰にとっての長生きなのか(自分、親、第三者)

 ● WHOの健康の定義=体の健康、心の健康、社会的関係の健康、(スピリチュアルな健康)

認知症の親の長生きは、本人にとって、家族にとって、良いことなのだろうか?

認知症の人が楽しそうに生きている姿を見て、認知症の人の長生きに対する考え方が変わった。

長生きが良いこと誰にとって良いことなのか?

・社会にとっては負担大

・人間的視点では、寿命を全うするのは良いこと

どの視点で良い悪いを判断するのか?

生まれつきの重度重複障害者を長生きと捉えるのか?

 存在しているだけで、1人でも幸せな気持ちになるなら、長生きは良いこと。

誰もが不幸になる長生きは良くない。

長生きの目的は、誰かに存在してくれていて良かったと思ってもらえることではないか?

 自分が良いか悪いかを決めるのではないか?

誰にとっての幸せか?

周りが不幸で、自分が幸せなときの幸せは否定されることか?

言動がおかしくても体が丈夫な叔母が、長生きしたらと不安を感じることがある。

介護の現実を抱えていると長生きのメリットばかりを見てはいられない。

長生きの状態、関係性も含めて考えたい。

長生き=平均寿命より上。

長生き=体の自由がきかなくなり、老化する。

老化=周りの世話を受けなければならない人。

 寿命の長さだけではなく、自分のやることを終えた人が長生きなのではないか?

●(意味あることをしていなくても)単純に生きることだけが幸せと考えるようになるのか?

年齢が高くても、政治家などは老いているとは思えない。

老い=社会の世話にならざるを得ない人?

 老い=人生下り坂に入っている(先が見えている)ように見える人。

下り坂に入っている人でも、長生きが良いと捉えられる社会にしたい。

幸せの尺度を寿命とお金で測ることがあるが、これについては疑問である。(日本人の幸福感との関係)

どんな人でも(障害者や老人)生きる目的があるのではないだろうか?

 周りに全く影響与えないで生きている人はいるのだろうか?

 老いて社会にとっての生産性がなくなっても、その人に関係する誰かにとっての生産性はあるのではないか。

年老いて子供に戻る。子供は成長するが老人は下り坂。

長生きしている人みんなが、いろいろ考えているわけではなく、生きちゃっているから生きてるだけではないか?

 人の世話になりながら長生きするのは、自分の美学に反する。

 老いる = 子供になる赤ちゃんになる神様になる。

生まれ変わりという概念があるのであれば、その人が生まれ変わるためのお手伝いをさせてもらってると思えたら、幸せではないか?

 長生きすること、そのものに意味がある。

 長生きすることが目的である(人間としての役目である)

誰かや何かのために長生きするわけではない。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 世話はした。喜びはもらった。でも世話にはなりたくないかも…(自分の美学)

 ラストの長生き=目的は面白い視点だと思った。

 やることをやった時点で長生き、と言う龍馬の例えには納得!

ともかく他人より長生きした方が「勝ち」だと思いました。

いろいろな考えを聞いて自分の好きな様に生きるのがいいと思った時間でした。

もやもや感が残った。議論を続ければこのもやもやはなくなるのだろうか?

 ・いつになってもいろいろありそうだなぁ。

・何にもすることがなくなっても何かをやるんだろうなぁ。

 長く生きる意味は何だろう?わからないが今は長生きしたい!

そんなに長生きしたくない自分はビョーキなのか?

でも体は健康なので、長生きしそうで心配です。こういうのはゴーマンでしょうか?

誰か、何かのために生きているわけではないとすると私はなんで生きてるのか?分からなくなってきた。

とにかく生きる!人生は続く。

 だから長生き自体がありがたいこと。嬉しいこと。それで良さそうか?

とにかく死ぬまで生きちゃう!

 

[第82回目の記録]テーマ「悪」

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82回目の人生カフェは、平成30210()午後130分〜5時、男性7名、女性4名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。 

 

この日のテーマは「悪」であった。 

 

まず各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。  

出されたものは以下の通りである。

 

 

 

悪と嫌悪感情の絡み 

悪は強さか?弱さか? 

偏見は悪か? 

悪は本当に「悪」か?