2018年12月11日 (火)

これからの人生カフェ

主に中高年の人生について考える哲学カフェ(哲学対話イベント)です! 

 

このサイトは2019年9月15日で終了します。既に、ほとんどが下記に移行しています。

今後の人生カフェの予定は下記にアクセスしてください。

 

http://jinseicafe.jimdofree.com

 

又は

 

https://www.facebook.com/人生カフェ-1014987881890961/

 

 

2018年8月11日 (土)

人生カフェとは

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◎参加申込は人生カフェ受付まで。(担当:高橋)

jinsei_cafe@outlook.com

◎参加申込以外の問い合わせは本間まで。 

mgasami.honma@gmail.com

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
人生カフェ・過去のテーマ一覧  2014年6月28日から
1 幸福とは何か 51 『14歳からの哲学』を読む①「考える」「言葉」
2 愛とは何か 52 人が変わるとは何か *
3 先生とは何か  53 気持ちを大事にするとはどういうことだろう
4 自由とは何か 54 なぜ人は依存するのか *
5 欲望とは何か 55 人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ
6 時間とは何か 56 幸福は人生の目的か
7 幸福とは何か 57 真面目ってどういうことだろう? *
8 私の身体とは何か 58 『14歳からの哲学』を読む②「自分」
9 大切なものとは何か  * 59 対話と人間関係
10 別れとは何か 60 会話をしないってどういうことなんだろうか?*
11 怒りとは何か 61 『14歳からの哲学』を読む③「他人」
12 幸せとは何か * 62 人の不幸を想像するのに訓練や経験は必要か?*
13 経験とは何か 63 『14歳からの哲学』を読む④「死」
14 死とは何か * 64 キーワードから対話する①
15 嫉妬とは何か 65 仲間とは何か
16 幸福シートの作成  66 『14歳からの哲学』を読む⑤「人生の意味」
17 年を取るとは何か * 67 「受け入れる」とはどういうことだろう?
18 将来の夢とは何か 68 幸福論について
19 悲しいとは何か 69 家族とは何か
20 なぜ人は話をしたくなるのか 70 キーワードから対話する②
21 私と他人とは何か 71 人間関係
22 自分の人生上の悩みを話すカフェ 72 『あなたの人生が変わる対話術』を読む
23 人生の意味とは何か 73 子どもとは?大人とは?
24 いちばん大切なものは何か * 74 人生100年時代×働くとは?
25 痛みとは何か 75 哲学カフェとは?人生カフェとは?
26 『いい言葉は、いい人生をつくる』を読む① 76 来年の夢
27 幸せとは何か  77 優しさ
28 自分の人生上の悩みを話すカフェ 78 悩み
29 心とは何か 79 お金
30 感動とは何か * 80 恋愛『Jポップで考える哲学』
31 宗教・哲学・科学とは何か 81 美しさ
32 『いい言葉は、いい人生をつくる』を読む② 82
33 論理と感情とは何か 83 長生きはいいことか?
34 自分の人生上の悩みを話すカフェ 84 『君たちはどう生きるか』
35 同情するのは悪いことか 85 人生の後半
36 日常生活の冒険とは * 86 怒り
37 なぜ私たちは対話するのか 87 わかっちゃいるけど…
38 『嫌われる勇気』を読む 88 真理 『史上最強の哲学入門』①
39 私は特別な存在なのか 89 焦り
40 幸福シートの作成 90 介護「と」施設
41 き(聴)くってなんだろう…? 91 対話が深まるとはどういうことか?
42 人とつながっていないといけないか * 92 存在 『史上最強の哲学入門』②
43 「問う」とはどういうことだろう 93 信じる
44 尊重するって、どういうことか? * 94 主に生きがい、それと死にがいについて考える
45 『幸せになる勇気』を読む 95 囚われ(とらわれ)
46 伝えるとは何か 96 『はじめての哲学的思考』
47 働く意味って何だろう? * 97 価値
48 人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ 98 『哲学の最新キーワードを読む』
49 なぜ人は学ぶのか 99 主体性
50 いい人ってどんな人だろう? * 100 中高年の人生にとって幸福とは?
当日に参加者でテーマを決めた。

 

 

人生カフェ・当日の一般的な流れ 

 

〈当日にメインテーマを決める場合〉 

 

Ⅰ メインテーマを決める 【起】 (問いの力)

  *簡単な自己紹介を順番に行う。

  *各自が最近感じていること、考えていることを出し合う。このことによって、各人の興味・関心のあるところが分かる。

  *参加者全員が協力してテーマを一つに絞っていく。

  *取り上げられなかったテーマも本日のカフェの中でお互いに反響し合うということを意識する。

Ⅱ サブテーマを出し合って、対話する 【承】 (問いの力)

  *サブテーマを出せる人から出していく。

  *様々な角度からテーマを考えていくことによって、問いを発展させる。

  *気になるサブテーマを掘り下げていく。

Ⅲ メインテーマに沿った各自の体験事例(エピソード)を出す 【転】 (体験の力)

  *体験事例を出せる人から、一人当たり3~5分くらいで話してもらう。

  *人生カフェにおいては具体的な体験事例は重要であり、お互いに参考にする。

  *テーマに対する反体例も事例になりうる。

  ◇時間の関係ですべての人に発表してもらえない場合がある。

Ⅳ メインテーマの問いに対する答えを探求する 【結】 (答えを求める力)

  *参加者全員で答えを見つけるために対話を重ねる。

  *最後の30分になったら、各自が本日の自分なりのとりあえずのコメントを「フリップ」に書いて発表する。(結論が出ないことが通常である。正解があるわけではない。)

  *自分なりのとりあえずのコメントとは、①とりあえずの結論 ②とりあえずの新たな問い ③とりあえずの感想 などである。

◎各セッションの間に適宜小休憩を取る。

哲学カフェについて、もっと知りたい方のために(哲学カフェ・人生カフェ案内)

人生カフェも含めて、一般の哲学カフェ(特に東京圏の哲学カフェ)について、紹介・案内や情報提供・説明をします。お気軽にご相談ください。 もっと哲学カフェや人生カフェを楽しみたい方にも適していると思います。

 
案内人:本間正己(人生カフェ代表・東京メタ哲学カフェ代表)
       東京大学教育学部1979年卒業
       元東京都新宿区教育委員会社会教育主事
               東京都新宿区保健センター長2015年退職
 
時 間:2時間以内
    平日夜間又は土・日・祝日の昼間において、お互いに都合のよい時間を設定する。
 
場 所:新宿区高田馬場のどこかのカフェ
 
参加者:1~3人以内のご希望の方(1人でも可)
 
内 容:あらかじめ主な質問やテーマをお知らせください。(簡単でいいです。)
     それに沿ってお話をします。
(例)〇東京の哲学カフェにはどのようなものがありますか?
   〇哲学カフェにおいて「問い」「考える」とは何でしょうか?
   〇なぜ人生カフェを開催しているのですか?
 
経 費:本間のコーヒー代+資料代等100円
 
申込み・問合せ先:mgasami.honma@gmail.com (本間あて)
 
(実績:3か月間で6回実施、延べ8名参加)

2018年6月18日 (月)

人生カフェの記録②

[第134回目の記録]テーマ「功罪」

第134回目の人生カフェは、平成31年4月19日() 午後7時~9時 まで、

男性7・名女性1名計8名で新宿消費生活センター分室にて実施された。

(進行役:比良正彦)

《テーマ選定理由》

〇〇の功罪、△△のメリット、デメリット、いいことはわかるんだけど、あそこがな〜

など、心に起こるモヤモヤには、この言葉に関わる何かが影響していることがあるように思われる。

功罪から連想される問いから対話を深めていく時間を楽しむ。

《話の進行》

問いの形に拘らず言葉を出してもらった。一部は次のとおり。

〈イメージした人・言葉〉

〇中内功

〇スパルタ教育~元都知事 石原慎太郎

〇カルロス・ゴーン

〇ラーメン

〇親の影響

〇多様性の功罪

〇簡単に答えが探せてしまうことの功罪

〇差別の功罪

〇科学的発展の功罪

〇功罪が認識できてしまうことの功罪

〇画一的な受験制度の功罪

〇メリット・デメリットとの違い

 →功罪は主に過去のことを考える時に使うが、メリット・デメリットは主にこれからのことを考える時に使う。

〈問い〉

〇分析的に見る、突き放して見るとは?

〇罪のなかみが変わらずに功になりうるのか?

〇功と罪の違いは、どんな立ち位置から判断しているのか?

〇功罪と主体性の関係は?

《感想等》

〇功罪を超えたところに行ってみたい。

〇功罪を超えた二項対立の向こう側

〇「功罪」を入り口にして、次にどんな「テーマ」に行くのか?

〇功罪についてわかったこと。

 起こったことがら・外側から見た・分析的

 そして渦中にいるとわからない?

〇もやもやの功罪

〇功罪(過去)を分析し、それから総合し、未来のメリット・デメリットを考えて、総合し、先に進んでいく。

功罪という一つのテーマについて多角的に意見を出し合うことの面白さを感じた。

そう感じたのと同時に答えは一様じゃくてもいいということを改めて実感した。

〇功罪は二項対立的な見方……それだけでなく自分にとってという主体的な見方もできると人間の幅が広がる。

(記録:比良正彦)

 

[第133回目の記録]参加者で当日テーマを決める

133回目の人生カフェは、平成31413日(土)午後130分~500分、男性5名、女性6名、計11名で新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

この日は「参加者で当日テーマを決める」であった。

まず各自に問いを出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

○哲学を日常生活にどういかすか?副題:哲学とは何か?

○効率化が進んだ社会はどんな社会になるのか?

○コミュニケーションにはどのような種類があるか?

○令和時代に何が変わるのか?(平成はどんな時代だったか?)

○優秀な女性がモテないのはなぜですか?

○高齢者に過労死は可能か?

○哲学カフェに何が期待できるか?(可能性?)

○何でも話せる時ってどんな時(空気)ですか?

○生活を楽しむとはどういうことか?

○地域性はどのように生じるか?

○多様性とは何か?

○「ほめる、ほめられる」とはどういうことか?

○期待すること、されることの良い面とそうでない面はどんなことがあるか?

○いい人とは。いい○○とは。自分との差にどう折り合うのか?

次にこの中から今回のテーマとなる問いを多数決で2つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ1「生活を楽しむとはどういうことか?」

●「生活を楽しむ」とは「人生を楽しむ」とは異なる。衣食住を楽しむことか?

●楽しむとは主観的なことであり、他者が生活を楽しんでいるかどうかを客観視することは不可能ではないか?(ニコニコしているから楽しんでいるとは限らない)

●常識の範囲内で、少しだけ自分の個性を出すのが楽しい。(常識の範囲外に出てしまうと生きづらく、楽しめない)

●なぜ生活雑誌が売れるのか?

●世間の流行の範囲内(生活雑誌)に自分がいると安心する。その中で違いを出したい→楽しみたいという気持ち。

●楽しむためには自己肯定感が必要である。そのために仕事以外の場所が必要ではないか?

●楽しむことには、どこかへの(会社、世間、仲間等)所属意識が関係しているのではないか?

●所属意識をなくした、退職後のおじさん問題。働く→報酬→貢献感。おじさんは貢献感を失ってしまう。

●自己肯定感には承認欲求を満たしてくれる相手の存在が必要か?

●変化に対応できると楽しめることが多いのではないか?

●将来につながる目標があると楽しい。

●時代の流れで「みんな同じ」「同調圧力」みたいなものは薄れているのではないか?

●一方で、物事を考える人が少なくなり、その場その場で流されて生きている人が多いのでは?

●多様性を尊重し、個人がそれぞれ楽しんでいることが良いのではないか?

テーマ2「何でも話せる時ってどんな時(空気)ですか?」

●何でも自由に話せると思える時に自分の中で起きていることはどんなことか?

●その場の人間関係を重視していると、なかなか本音は言いにくい。(関係が破綻する怖さ)

●哲学カフェのような、お互いのバックグラウンド等が明らかにされていない関係の浅い人同士の方が話しやすいのではないか?

●損得が生じない関係だと本音を話しやすい。

●自分も他人も傷つけないという安心感。

●話が通じる相手だと思えるかどうか?

●安全、安心、攻撃されない時(哲学対話の場でのルール)

●哲学対話の場では「批判」される可能性はある

●何でも話していいって、本当に良いことか?

●自分の抱えていることを誰かに話せるのは、幸せなことではないか?

●一人の人に全てを任せる(話す)のは負担が多いので、話題のカテゴリーに応じて負担先をいろいろな人に分けるのが良いのでは?

●インターネットで匿名だと何でも言える

●自分の全てを吐露できる人は本当に必要か?

●何でも話せるには、相手のリアクションが必要である

●相手に伝わるコミュニケーションが必要ではないか?

AI相手だと否定されないから何でも話せる?

●対人…承認されるかされないかは分からない。AI…承認するのみ。承認するのみの相手に承認されて満足できるのか?

●話すのは何のためか?…五感で感じるリアクションを人間に求めているからではないか?

●自分の全てを吐露できる相手は、タブーが無く、受け入れ幅が広い人ではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

○人間関係はある程度利用するのが良い!

○様々な価値観と考えを持っている人がいることが分かった。

○「ほめる」は何か?前進した気がします。

2つのテーマ(1時間ごとの対話)も、1つのテーマもどちらもいいような気がする。(今回はそれなりに2つのテーマが関連していたのもいい。)

○最初に出たたくさんの問いが自然と回収されていくのが面白かったです。

○承認は最低一人は必要だ。

○タブーがない人になりたいです!

○人間じゃなくちゃダメという人の話し相手はAIで作れるし、人間に紛れて登場する!

○令和の時代はAIの時代?

○大学が同調圧力が少ないということを知って、自分のイメージは固定観念にとらわれていたと感じた。

○①いろいろなことが結局「承認されたい」という気持ちにつながっている。②今日取り上げなかった「ほめる、ほめられる」について考えたい。③人との新しい話し方というかコミュニケーションができた。

(記録:髙橋あずさ)

 

【第132回目の記録】テーマ「優越感」

132回目の人生カフェは、平成3145日(金)午前1000分~1200分、男性2名、女性4名、計7名でプロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

この日のテーマは「優越感」であった。

まず各自に優越感にまつわる問いを出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

○優越感と幸福感が・重なるところと・違うところは?

○優越感と劣等感の関係とは?

○優越感の反対は劣等感なのか?自尊心との違いは?

○優越感と自己肯定感は違うのか?違うならばこれを繋ぐ言葉は何なのだろうか?

○優越感は「どういうとき」に「どう」感じるのか?

○優越感を感じる人と感じない人の違いは?優越感を持つ人はどうして上目線になるのか?劣等感と関係があるか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で問いを1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「優越感と劣等感の関係とは?」

●優越感も劣等感も「人」と比べる事で出現する。

●「人」ではないものに対して、優越感や劣等感は感じない。(例えば「鳥」が飛べることに劣等感は感じない)

●ある「基準」の上にいる…優越感。「基準」の下にいる…劣等感。

●「基準」は誰がどうやって決めているのか?

●「優越(事実)」と「優越感(主観的)」は違う。

●優越「感」は「自分が感じていること。自分の捉え方。」であって、事実かどうか?は不明である。

●自己肯定感の高い人は、優越感も劣等感もあまり感じないのではないか?

●自己肯定感…今の自分を認める事。出来ないことを認める事。

●優越感も劣等感も、若さゆえのの産物か?

●成長するためには、優越感も劣等感も必要ではないか?

●優越感、劣等感を感じる基準は変化する。

●自分との戦い→達成感。他人との戦い→優越感。

●なぜ他人に勝ちたいと思うのか?

●勝ちたいと思うのは、人間も動物だから(生存競争)ではないか?だが、その気持ちを理性で制御、コントロールできるのが人間ではないか?

●育児の場面で、親が子供の能力が「基準」より上か下かで判断してしまうことが多々あるが、子どもの好きな事や得意分野を伸ばしてあげられるような関わりかたを心掛けたい。

●ケアと優越感の関係

●情報、メディア、商業主義が優越感や劣等感を増やしているのではないか?

●人の劣等感を刺激すると儲かるしくみ→優越したい感情。

●自己肯定…自分を客観的に見ることの難しさ。

●自分を受け容れることの大切さ。

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

○優越感。私には必要ないなぁ。今を精一杯楽しんで幸せを感じられればそれでいい。劣等感を感じることがあったとしても、どんなときも大丈夫!

○「今(この瞬間)」の楽しみを大切にする。他人の今も、自分の今も。

・メディアが作る価値観に気づく。・人からの評価や承認はあてにならない。

○今の自分をきちんと肯定して、他人の存在も大事にできるようになりたいと改めて思いました。いい意味での「劣等感」をバネにして頑張ります!

○私は、動物である…生存競争。人間である…理性をもつ。→うまくコントロールをして「自己肯定感」を持てば、優越感や劣等感から解放される。

○・楽しい2時間でした。・キーワードを基に色々と考え、話し、人の話を傾聴し、理解することは脳のトレーニングになり、心地良いものだと再確認しました。

○・よく色々な意見が聴けてよかった。・優越感の前提となる基準が大きく変わるような人生の出来事をどう乗り越えて行くか。もう少し考えていきたい。

(記録:髙橋あずさ)

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【第131回目の記録】本『コンビニ人間』

第131回目の人生カフェは、平成31年3月23日(土)午後1時30分~5時、男性4名、女性7名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:高橋あずさ)

 この日のテーマは『コンビニ人間』(村田沙耶香、文春文庫)の読書会という形式で行われた。

この作品にまつわる問いを出してもらった。出されたものは以下の通りである。

〇登場人物の中で、いちばん「へんな人」って誰だと思いますか?

〇人間 / 人間じゃない の差異、相違って?

〇「異物」を治したいと思うのはなぜか?

〇「治る」とはどういうことか?

〇なぜ異物であってもそこにふみとどまらないのか?!

〇普通と異物の境を決めるのは誰だろう?

〇普通とは居心地のよい安全な場所か?

〇「世界」とは何か?

〇誰が真っ向から世界とたたかっているのか?

〇誰が苦しみに対して誠実に生きているか?

〇なぜ日本人は「うわさ話」でまとまって、一致団結してしまうのでしょうか?

〇ハッピーエンドなのですか?

〇恵子はこの後どうなるのか?

〇白羽はこの後どうなるのか?

〇くたびれたスーツ姿の中年の男性は何を示唆しているのか?

〇「自分」って、何で作られているんだろう?

〇感情とは何か?

これらの問いを踏まえて対話を行ったが、印象に残ったのは以下のようなことである。

  • 「コンビニ店員」と「コンビニ人間」は異なる。「店員」とは役割を指す言葉だが、「人間」とは本能に根ざした動物の一種を指す。ラストで恵子は主体的に人間になったのか? この場合の主体的とは何だろう?
  • 「音」から「声」へ。恵子は、当初はコンビニの「音」に引かれていたが、ラストではコンビニからの「声」を聞くようになった。これは恵子の人間性の新たな誕生を意味するのか?
  • 恵子は「承認欲求」が薄いように思われる。しかしながら、「帰属(所属)欲求」がないわけではない。恵子にとっても居場所が必要である。それがコンビニとも言える。そして、それは本来何の問題もないはずなのだが…。

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。

〇良心の大切さと、見えないことの難しさ。いいじゃないの幸せならば。

〇治ることの悲しさ、辛さもある。(河合隼雄)

〇「普通」って言葉を、ふつうに(気軽に)使うことの危うさ

〇異物と決めるのは自分…納得するが、排除するのは周囲の人ではないのかな…? モヤモヤ… 異物っぽい空気を出さない技術を教えてください。

〇「大人の成長って、自分自身の本能に気づくこと」という言葉が耳に残っている。私自身の「本能」って何だろう?

〇反社会性を異物と感じ、非社会性を異物とは感じない私の傾向性(寛容性)を思った。

〇哲学対話の次に来るもの?

〇はじめにギモンを出して、ホワイトボードに貼り出して行うのは良かった。「自分は何から作られているんだろう?」という視点もテキストに多数関係しているので、掘り下げたかった。

〇問題のマッピング、良かったです。一冊の本の読み合いを通じて、自分の感情や思考のこだわりを対比することができ、良かったです。

〇様々なテーマで対話することができて面白かった。文学作品を哲学的に、文学的に…という観点から読み解くと、見方がそれぞれ大きく異なりますが、特に「コンビニ人間」のラストをどうとらえるかの問いは難しい…なと思いました。恵子さん(主人公)の視点で考えれば、救いの物語。世界(大枠)から考えていくと、救われているのか? 問題の解決? 本人の幸福? 自由の獲得? 何が救い=ハッピー? アンハッピー? になるのかなと思います。じっくり考えていきたいです。

〇一人一人の人がそれぞれに異なった観点から物事を見、考えていらっしゃるんだなということがわかりました。有意義な時間でした。ありがとうございました。このような単発の連続なのか、もっと深く何かに到達することをめざす会なのかはわかりませんが、貴重な場だと思います。

(記録:本間正己)

【第130回目記録】「ヒマはなぜつらいのか」

 

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第130回目の人生カフェは、平成31年3月15日(金)午後7時~9時、男性6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日は「参加者で当日にテーマを決める」というスタイルであった。

...

【リード文】
当日に参加者でテーマを決めます。参加者で問いを出し合って、対話をするテーマを一つに決めます。テーマは中高年らしいものになるのか、そうではないのか? やってみてのお楽しみです。

 

まず各自に、自由に問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
〇女性はなぜ土俵に上がれないのか?
〇男女間では友だちになれないのか?
〇成長とは何か?
〇幸せな老いとは何だろう?
〇老いることは悲しいこと?
〇酒好きは何が好きなのか?
〇なぜドラッグに手を出すのか?
〇ヒマはなぜつらいのか?
〇役に立つとはどういうことだろう?
〇花見はしなくてはならないか?
〇「社会人」とは誰のことか?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを話し合いで1つ選び、フリートークへと入っていった.
テーマ「ヒマはなぜつらいのか?」

 

●ヒマがつらいのは、人生が有限だから。自分の人生を有意義なものにしたいという気持ちが働き、何かをしていないと人生を無駄に過ごしているように思えて空しくなるから。
●ヒマがつらいのは、世間に対して後ろめたいから。働いたり、勉強したりしていない人間は怠け者で、下等な人物と見られると思うから。
●ヒマがつらいのは、何かしらの刺激がほしいから。人は身体的にしろ、心理的にしろ、刺激がないところではおかしくなってしまう。それなりの刺激がないと退屈になってしまうから。
●孤独とヒマはどう関係するか? 孤独な時間はヒマなのか?(必ずしもそうは言えないだろう。) 引きこもりはヒマなのか?
●ヒマとは、義務に縛られない、他者から強制されない、すなわち自由のことではないか?

 

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。
〇ヒマがつらそうに見えるのはなぜか?
〇ヒマについての定義、ヒマの分類、つらい要因が大方わかりスッキリしました。
〇とはいえ、やっぱり、うしろめたい。
〇ヒマとは…? 「ヒマ」とは「自由」ということか?
〇「ヒマ=強制されない自由」を自分の思うように使って何が悪いか!?
〇①ヒマはつらいだけではない。ヒマを生命の持続性と関係づけて考えると哲学的な問題となる。
 ②ボランティア(活動)とは何か?
 ③初めてだったけど、いろいろな対話ができて面白かった。

 

(記録:本間正己)

【第129回目の記録】映画「そして父になる」

 

 

 

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第129目の人生カフェは、平成31年3月9日(土)午後1時30分~5時、男性4名、女性2名、計6名で、東京都新宿区立新宿消費生活センター分館・会議室にて実施された。(進行:田中あけ美・本間正己)
最初に、映画を観ての感想を共有することからスタートした。
【映画の感想】
・血はどうでもいいのか...
・あまり近すぎると大変
・子どもの気持ちは?
・現代の父親は大変だ
・2つのテーマの融合が成功した
・この映画を外国の方が見たら、どういう感想になるのか知りたいと思った
・DNAと環境
・どういった形態が幸せなのかを考えさせられました
・福山さんを少し好きになった
以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。
出された問いを4つにまとめ対話を行った。
【問い】
「あの一言だけは一生忘れない」
 夫⇒なんでわからなかったんだ
 妻⇒やっぱりそういうことだ
 この二人の認識の違いはどういうこと?なぜか?
(男性)夫が血のつながりを優先するということを妻が許せない。
(女性)子どもに対して、夫が不満を思っていたことを知ったから。
(女性)妻は6年間育ててきた子どもを否定されたこと、ひいては自分を否定されたように感じたのではないか?この妻は仕事も辞めて子育てが生活の全てのように見える。自分と子どもが一体化していて、子どもへの評価が自分への評価と捉えている。

 

何を、どのような子を目指して子育てするのか?
子どもは親心と別な選択をすることはあるか?
(子どもは血のつながりを意識しているのか)
子どもの体は親が作っているが、心までも親が創る(影響与える)べきか?
映画とは違い、血のつながりを重視するいくつもの事象に目を向けるとどうなるか?
・映画では、取り違えがおこった時、ほとんどのケースにおいて子どもは実親へ戻すと言っていたが、小さい時期(1歳ぐらいのまだそんなに認識がない時期)は問題は少ないと思うが、この映画のように6歳とか、子どもの認識がはっきりある時だったらどうなのか?

 

父親の心境の変化のポイントとなったのはどこか?
子育てにおいての父親の役割とは?
斎木雄大(リリー・フランキー)は父親としてどうなのか?
父になるのが大変って、いつ父になったと思うのか?男の人は他人の子どもを受け入れにくいのか?
・慶多に対しては、カメラで撮影された自分の写真をみて、慶太の優しさを感じた時に良多(福山)の父性(母性?)が目覚めた。
・琉晴に対しては、家出した琉晴の中にかつての自分の子ども時代の気持ちを思い出し、自分の抑えていた気持ちを解放できた時に変化があったように思う。囚われていた父親像から、自分が子ども時代に求めていた父親へと。

 

どうなれば幸せな形になるのか?
Mission(ミッション)が終わってこれからどうなるのか?
・子どもは育ての親の家庭に戻り、お互いの家庭がその後も関わりを持っていけばよいのでは?
→でも、思春期になったりした時、進学の時期になった時に2つの家庭に経済格差があることで問題が起きてこないか?
・実親のもとに戻った方が良いのではないか?
→将来何かあった時に、血縁(逃れられない縁)だったら仕方ないと諦められるが、育ての親の元で育った場合、実親だったらと思う余地があるから、面倒なことになる可能性が大きい。
・大きくなって子どもに選択させる。

 

【対話後の感想】
・臨機応変に。子育ては結果が良ければそれでOK
・やっぱりルーツは知りたい!!
・最初に戻って(DNA半分×環境半分)×意識
・親とは子どもの幸せを願い考えること、待つこと
・今ここの結論に対し、これからの成長し長い人生がある子どもにとっての結論の方は見通せない
・今現在見込める最良の方法は、今までの時間を大事にした現状を肯定する
・自分を受け入れられた時、父親になったのか?
・家族って何なのかまだ問い続けたい
・自分の子育ては福山流であったことを反省。それでも娘との関係はまず良好。
・野々宮良多(福山雅治)の(だんだん父親になっていく)変容・成長は素晴らしいが、、、ミッションは続けた方がいいか?その選択は考えさせられる、、、
(記録:田中あけ美・本間正己)

 

【対話後の本間の感想】
 「この映画を見て、福山雅治が少し好きになった」と言った人がいる。これは、もちろん福山雅治が演じた野々宮良多を好きになったと解釈してもいい。私も、映画を見ただけではあまり感じなかったが、今回の対話の結果、野々宮良多が好きになった。
 良多が育った家庭は決して順風満帆で穏やかだったわけではない。良多の父親は多分、仕事に失敗し、良多を産んだ母親とは離婚し、後妻を迎えている。その後妻に良多は育てられた。良多は父親に対して、激しい葛藤を持つとともに、その義母に対してもわだかまりを強く持っていた。
 その良多は自らの努力で、一流企業に入社し、エリートコースを歩んでいた。まさに刻苦勉励して、自らの力で獲得してきたという自覚を持っているであろう。そのような経歴を持つ良多にとっては、息子の慶多を自分のように育てることが、自らの父親モデルになっていたのもうなずける。
 その良多が息子の取り違い事件に巻き込まれ、斎木家(リリー・フランキーが父親を演ずる家)との交流を通して、変化していく。それは今までの父親像を180度転換するような、自らの生き方までも変える、苦しい変化である。その変化を良多は徐々に受け入れていく。
 そして、最後には、未来へ向けて、挑戦しようとしている。それは、このようなケースでは、ほぼ100%子どもを血縁関係の方に戻すという一般的な決着に対する挑戦である。血の論理より、情を重視するという選択である。さらに、自分とは異質な斎木家と、今後密接な協力関係を築いていくことを選んだ。
 良多と両家の家族がこれから歩む道は険しいかもしれない。どうなるかは予測できない。しかし、変化し、挑戦しようとすることは勇気のいることであり、素晴らしいことだと思った。
 哲学対話においては、自分の考えが変わるのを楽しむということを推奨する。この映画はこのことに通ずるものを感じた。そして、改めて、変わるというのは勇気のいることであり、うまく変われば、そこに新たな地平が生まれるということを感じた。

 

【第128回目記録】 「母性」
第128回目の人生カフェは、平成31年3月1日(金)午前10時00分~12時00分、男性3名、女性4名、計7名で新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

この日のテーマは「母性」であった。

まず各自に母性にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
○母性とは?
○母性とは本能か?
○母性は愛情深いか?
○母性の限界とは?
○なぜ「母」性なのか?(親性ではダメなのか?)
○「母」だけの性質とは?
○母性は自己犠牲?
○男性に母性はないのか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で問いを1つ選び、フリートークへと入っていった。
テーマ「母性とは?母性とは本能か?」
●出産経験の無い人に母性はないのか?
●親…男性-子供を産めない。女性-子供を産む→母性が発現?
●出産と母性は関係無いのではないか?
●母性は本能ではなく、子どもによって引き出され成長するものではないか?
●虐待を行う母親に母性ははあるのか?
●母親を取り巻く環境が母性に与える影響は大きいのではないか?(幼少期の愛情不足等)
●母性があったら子育てを放棄しないのではないか?
●母性は母親全員にあるとは限らないのではないか?
●母性…育てる。ケアする。世話を焼く。包みこむ。受容する。守る。子供との距離感が近い。
●母性…身体的な基盤(妊娠、出産、ホルモン)。精神的な性質(自己犠牲、子を守る、子と一体化している)。呪い(社会的な承認欲求)
●母性の押し付け(呪い)…「母親はこうあるべきである」には息苦しさを感じる。
●母性の呪いは、ネガティブな事ばかりではなくポジティブに向く場合もある。
●母性の呪いは、社会の状況によっても変わるもの。(三歳児神話等)
●呪いに囚われる中でも、自分なりの選択をすることは可能である。
●子供以外への対象への母性。
●母性はセクシャリティとは無関係か?
●「保母さん」→「保育士」
●母性型の社長…「包みこむ」ような性質。
●母性…包み込む。父性…切り放す。育児には両方が必要。

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。
○母性、母親、子育て。これがうまく回ったらいいんじゃないかなぁ~
○母性とは?感想として。話が盛り上がり深まりました。
○心身二元論者ではないが、この問題は、身体的、精神的、社会的、そして実存的に分けて考えを深めていきたい。
○呪い=神話について考えたい…
○面白かったです。母性の「母」に込められた意味が各自の中で重いのかなと感じました。
○子どもを産まない人、いない人に母性、父性はあるのか?育つのか?
○「母」性じゃなくても良くない?「育性」とか「守性」とか?
(記録:高橋あずさ)

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【第127回目記録】本『人間の建設』

127回目の人生カフェは、平成31223()午後130分~430分、男性5名、女性4名、計9名で、ミヤマ高田馬場店で実施された。(進行:本間正己・MT)

 

この日のテーマは『人間の建設』(小林秀雄・岡潔、新潮文庫)の読書会という形式で行われた。

 

最初に、各参加者に①共感した箇所と②疑問に思った箇所を述べてもらった。

出されたものは以下の通りである。

 

①共感した箇所

◯人は極端に何かやれば必ず好きになります(P.10)

◯学問の権威というものが、社会に認められていないですね(P.11)

◯言い表しにくいことを言って~それは情熱なのです(P.72)

◯作者の人物像が分かると作品がよく分かる(P.76)

◯しかし人間の眼だって、そんなによくできたものではありませんよ。(P.78)

◯一を仮定して、一というものは定義しない。一は何であるかという問題は取り扱わない(P.103)

◯知がいかに説いたって、情は承知しない(P.130)

◯とにかく知がいかに説いたって、情は承知しない(P.130)

◯情が納得して、なるほどそうだとその人自身が動き出さなければ前頭葉も働か無い(P.131)

 

②疑問に思った箇所

◯(芸術は)もっと深いところから来るものであるということを知らない(P.14)

◯今の絵かきは自分のノイローゼをかいて売っていると言えるかもしれません(P.18)

◯日本は個性を重んずることを忘れてしまった(P.21)

◯数学が成立するためには感情の満足がそれと別個にいるのです(P.40)

◯無明の達人(P.93)

◯知や意によって人の情を強制できない。それが民主主義の根本の思想(P.130)

◯小林:あなた、そんなに日本主義ですか。岡:純粋の日本人です。(P.139)

◯「神風」小我を去ればできる。欧米人は皆無理なのか?(P.139)

◯結局「情緖」がなんなのかよくわからない

 

その間に話された内容

・数学者が情の大切さについて話したことがすごい。

・日本主義(特攻隊賛美)は古くないか?

・神風を美化しすぎ

・欧米人蔑視では?(小我を無くせない欧米人批判)

・民主主義(知)⇆ポピュリズム(情)。情のみで民主主義を行って良いのか?

・学問の権威(大切さ)が認められていない

・芸術のハードルが高すぎないか?

・無明から来る芸術を下に見ているのでは?

・無明の定義とは?自己中心的?

・定義できないのに知っている→「情緖」では?

・頭が身体を動かすのではなく、情が納得して身体が動く。(胃や胸の変化)

・芸術がノイローゼを描いているというのは偏見ではないか?

 

次に①共感した箇所から、全部に共通するものを探しだす。

全体に共通するもの

◯情緖

◯時代・世代

◯近代(産業化)批判

・戦前から戦後の流れ(近代化)についていけない二人?

・人間共通の「情」はあるか?

・人間の基本:自然、心

 

次に②疑問に思った箇所から、全部に共通するものを探しだす。

全体に共通するもの

◯文化の成り立ち

◯「情」と「文化」

・情が先か?文化が先か?

・文化という統一概念は、何が共通なのか?

 

次にこの問いを踏まえながら、フリートークへと入っていった。

◯「情」「情緖」

◯「文化」

◯「近代批判」

◯「知・情・意」

・心と情の違い。心…生物的なもの。情…文化的なもの。

・日本は教育の中に情緖を持ち込むのが下手。

・P.120 同級生を友達と思え~は、知と意ではないか?

・情…環境、人間が生まれ持っているもの、感情に近い?

・情緖…良い悪い?

・情を軽視している近代

・情(酒)<理性(コーヒー)

・理性はなくていいの?→それは違う

・情緖は知や意によって育てられるのでは

・成績の競争(生存競争)…学校で教えるもの「知・意」。教えられないもの「情」

・人間の一次感情…本能(動物)、情、無明。 二次感情…知、意(教育できるもの)

・教育(人間の建設)において、人類共通の情だけではなく、個人の情をもっと大切にしても良いのでは?

・人それぞれ(個人主義)で本当に良いのか?

・自分さえ良ければいいという個人主義に傾きすぎるのは、どうなのか?

・西洋狩猟、個人主義。日本…農耕、和を重んじる。という文化の違い

・P.140「その人の身になってみる」…情では?(人間特有のもの)

・「その人の身になってみる」は直感的にできること(一次感情)なのか?

・「その人の身になってみる」は、想像力+知ではないか?

・なぜ人間は相手の気持ちを考えようとするのか?

・共同体で生きている人間。共同体を成り立たせるための技術ではないか?

・道徳教育には知性が必要ではないか

・知がない情…自分勝手ではないか

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯近代批判というのが面白かったです。

◯人間を建設するのは大変。

◯・知のない情 ・無明 ・「知の巨人」の話という事を忘れてはいけないですね。

◯「その人の気持ちになる」という意欲は「情」なのか?「知(教育、経験)」なのか?

◯お二人は知性がある前提と納得できるが…「(分からなくなるまで)自分を知る。世の中を知ること」と解釈した。

◯東洋的な見方と一緒に読む本かもしれない。

◯共通了解志向にはデザインが必要だ!

(記録:髙橋あずさ)

【第126回目の記録】テーマ「友達」

 

 

 

Topic_friends

 

 

126回目の人生カフェは、平成31215日、東京都新宿区立新宿消費生活センター分館にて行われた。平日の夜(金曜日の19:0021:00)にも関わらず、14名(男性:11名、女性:3名)の参加者があった。初めての参加者も多かった(哲学カフェ自体が初めての方もいらっしゃった)。 (進行役:新妻弘悦)

 

テーマの「友達」は、子どもを対象にした哲学対話では比較的多くみられるテーマであるが、大人(中高年)対象の哲学対話では、あまり取り上げられないテーマであるようである。

 

 円形に座り、コミュニティボールを用いて行った。

 

 参加者それぞれ自己紹介していただいた後、さっそく「友達」について対話をしていただいた。

 

問いとして・・・

 

○子どもの頃は友達ってすぐにできたのに、なぜ大人同士は友達になりにくいのだろう?

 

○そもそも友達って何だろう?

 

○恋人、配偶者と友達の違いって何だろう?

 

○友達と親友の違いって何だろう?

 

○友達は、片思いでも友達と言えるのか?

 

○友情と恋愛の違いって何だろう?

 

印象に残ったワードとしては・・・

 

○友達は一緒にいて居心地のいい人のことである

 

○友達は非日常である(家族と比較して)

 

○友達との間に「会話」は必要ない

 

○友達は会わなくても、存在してくれるだけで心の支えである

 

○友達とは、一緒に遊んでくれる存在である

 

 

 

友達はポジティブなものという前提でのお話が続いたが、もう少し時間があれば、「友達は本当に必要なのか」などの前提を疑うような対話もできればよかったが、時間切れであった。

 

感想として・・・

 

○友達という存在がわからなくなった

 

○友達を(広く)定義し直すことで、楽になった

 

○友達とか親友とかどうでもよくなった

 

○参加者それぞれの頭のなかに、個別の友達の顔が浮かんでいるのがわかった

 

などが語られた。 

 

 

 

進行役としては、「友達」を抽象的に語るだけではなく、具体的な自分の友達の「顔」を思い浮かべて、「抽象」と「具象」を行ったり来たりするような対話になればいいと思っていたので、満足のいく対話であったと思う。

 

(記録:新妻弘悦) 

 

 

 

(補記)

 

 以下は、一人の参加者である本間の若干の補足である。

 

〇友達は利害関係、損得関係ではない。子どもは利害関係にあまり巻き込まれないので友達になりやすい。それに対して、大人は利害関係が相当に入り込むので、友達になりにくい。

 

〇友達関係に理由はいらない。ここまでいったら親友である。この場合の、理由とは何か? 利害、損得のことか?

 

〇性愛は友達関係の障害であるか?…障害になりそうだ!?

 

〇現代の友達関係において、SNS(フェイスブックなど)の影響は大きい。SNSを省いては現代の友達について語ることはできない。このあたりをさらに対話したい。

 

〇「友達は本当に必要なのか」を問うていくと、「孤独」の問題に突き当たる。孤独の意義は相当にありそうである。最近は、孤独をすすめる本も出ている。今回の対話の出発点にも、孤独の話は提示された。対話終了後の問いとして残っていった。

【第125回目の記録】映画「メッセージ」

 

 

 

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125回目の人生カフェは、平成3129()午後130分~5時、男性6名、女性4名、計10名で、榎町地域センターにて実施された。(進行:本間正己・田中あけ美)
まず最初に、映画を観てのキーワードと感想を共有することからスタートした。
【映画の感想・キーワード】
・未来対話? 表意文字
・シャン上将の妻のメッセージは何だったのかわからなかった
・時間、平和、感覚、言葉
・未来の結末を知りながら物語を生きる
・未来、一定、調和、生きる意味、目的、意味
・時間宇宙、言語身体性、外交-軍事-科学、運命
・時間、未来、言語と科学
・コミュニケーション、未来が見えたら、、、?
・知ってしまう事、知っていると思っている事
・選択、自由、愛
原作が好きで映画を観たが、原作との差異や映画ならではの面白さがあった
→SFと思ってみたらヒューマン・ドラマだった
未来は確定している、人間は今しかわからない
*参加者の中で原作を読んでいた人4

 

以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。

 

出された問いを3つにまとめ対話を行った。

 

【問い】

 

・分からないもの(こと)がこわいのはなぜか?

 

この映画ではエイリアン(未知のもの)が自分たちに危害を与えるのではないかという恐怖

 

相手のことをよくわからないから身構えてしまう(生存本能か?)

 

反対に分かっていること(人類の戦争・侵略などの歴史から)から怖がることがあるのでは?

 

何も知識がない子どもなどは怖いものを知らない。中途半端な知識がよくない

 

人類対エイリアンだと防御が先にきてしまうが、防御するもの(防護服)を脱ぎ捨てた個対個になると分かりあいやすくなるのではないか

 

・世界中の人が同じ言語でコミュニケーションしていたら、争いは少なくなる?

 

言葉という武器で平和は得られるのか?

 

・言語によって考え方(と結論)は変わるのか?

 

*サピア・ウオーフ(言語相対説)について途中解説あり

 

時制のない言語

 

感情と言葉は切り離すことができるのか

 

・映画のうえでは、ルイーズは未来がわかることを忘れていて思い出すストーリーなのではないか?

 

・未来はもう実現しているのか?

 

・未来を知ったら未来を変えられる?

 

・未来がわかるのは幸せか?

 

・未来がわかれば世界は調和するのか?

 

・何のために生きるのか?

 

・未来がわかったら対話する?

 

未来がわからないから頑張れるのではないか

 

知りたい欲求があるから生きていける

 

決まっていることはたくさんある

 

人間は全員死ぬという未来をすでに知っている

 

主人公のルイーズは未来を知っていてもそれを自分で選択した

 

ルイーズは幸せであると思う

 

未来を知っているから今を大切にするのではないか

 

【対話後の感想】

 

・全ては決まっていることで、それを変えることはできないが、生きていけるのは「知らない」からなのだろう。分からない、知らないことはこわいだけではないのですね。

 

・やはり、時間は不可解でモヤモヤ

 

・未来(運命)って変えられるのでは?変わったことを含めての未来がある

 

・物理的に可能な未来は全て存在する。しかし、知ることも選択することもできるのではないか?

 

・未来を知っているから頑張れるという新しい視点

 

・母性とは何か?

 

・新鮮

 

・1回ちょっと映画をみただけでは全然理解できていなかったことがわかった。

 

・生まれることも決まっている?生まれることは選べない。

 

・フィボナッチ数列 0,1,1,2,3,5,8,13,21……

 

素数 2,3,5,7,11,13,17……

 

Non Zero Sum Game

 

(記録:田中あけ美)

【第124回目の記録】本『仕事なんか生きがいにするな』

 

 

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『仕事なんか生きがいにするな』(泉谷閑示、幻冬舎新書)
〜生きる意味を再び考える〜

 

哲学カフェで話題となるテーマに繋がる部分が多く、本を選択

 

日 時:平成31年1月26日() 午後1時30分~5時
会 場:東京都新宿区立新宿消費生活センター分館

 

参加者 男性6名女性3名計9

 

進行役 比良正彦

 

以下の流れで対話

 

(1)この本を読んでの感想

 

(2)この本で関心を持った箇所の共有

 

(3)疑問や新たに生まれた問いの共有

 

(4)本日の感想、新たな問い等 

 

以下それぞれで出された事項のメモ

 

(1)この本を読んでの感想

 

◆面白くてやばい
仕事が全てでないという考えには共感、芸術についてのところは?
なんだかんだと安心したうえで考え方が変化

 

本の題名と中身が合ってない
泉谷閑示は精神科医だ!
面白かった。引用だけでも読み応えがありました。(幅広い引用) ただ本のタイトルが内容と合ってないように思えて残念
普段よく考えることへのヒントが詰まった本。多くの気づきがあったが、細かなところに?がいくつかある。
働くこと、生きることに悩み続けてきた私自身の援護射撃的な内容で感動
労働=軽蔑 避ける=生命の喜び

 

両者を併せ持つややこしいところ (72ページ)

 

この本で関心を持った箇所を共有(ネタバレ多々あり)

 

◆【はじめに】

 

人間は、生きることに「意味」が感じられないと、生きていけなくなってしまうと言う特異な性質を持つ、唯一の動物です。(3ページ)

 

◆「何がしたいのかという悩み」~「楽になりたい」というささやかな夢

 

 人間はまず「好き/嫌い」を表明することをから自我の表現を始めるものです。ただし「好き/嫌い」といっても、初めから「好き」が出てくるわけではなくて、「嫌い」、つまり「ノー」を表明することから始まるようになっているのです。(22ページ)

 

◆夏目漱石の「それから」における父の説教 

 

大介が働くことで自らの何かが汚されてしまうと考えて躊躇していることから、比べれば父の価値観はあまりに、皮相的で世俗的なものにすぎません。(64ページ)
仕事ではなく恋愛に当てはめてみる。
◆「働くこと」はなんのためか
「働くこと」がそれ自体を目的とした純粋な行為であって欲しかったです。(67ページ)

 

→すごくわかるけど食べていけるのか?

 

人間には「労働」というものを軽蔑すべきものとして、なるべく避けようとする傾向と、逆に「労働」によって生命の喜びが得られる傾向とがあり、この両者を併せ持つややこしいところがあるのです。(72ページ)

 

◆「働くこと」への違和感の正体

 

労働教という宗教にすっかり近・現代人が取りつかれてしまったということ

 

~~~かのアウシュビッツ収容所の入場門に掲げられた「働けば自由になる」という標語です。

 

勿論、この標語が真っ赤な嘘であり、~~~ 

 

私たちも、いつの間にか、「働けば自由になる」という虚偽の標語に追い立てられ、騙されていやしないだろうか (8990ページ)

 

アレントの言った意味での「仕事」の復権や「活動」と言うものへの目覚め、そして忘却されて久しい「観照」というものを、たとえわずかであっても日々の生活の中に復活させることが大切なのではないでしょうか。量の次元になってしまっている種々の「労働」を「仕事」と言う質のあるものに移行させていくことを、これから私たちは真剣に考えなければならないのです。(92ページ)

 

◆「意味」と「意義」の取り違え

 

他人にそれがどう思われるかに関係なく、本人さえそこに「意味」を感じられたなら「意味がある」ということになる。(106ページ)

 

◆生きる「意味」はどこにあるのか

 

この問いが前提にしている誤りとは何でしょうか。それは、人生そのものにあらかじめ意味というものがあったりなかったりすると想定している点です。意味というものは、あらかじめ固定的に存在しているものではありません。「意味」とは人が「意味を求めると」という「指向性」を向けることによって初めて生ずる性質のものなのです。(109ページ)

 

「仕事探し」=「自分探し」の幻想を捨てる

 

私たちに問われているのは、「労働」をやみくもに賛美する「労働教」から脱して、今一度、大きな人間として復活することです。(119ページ)
日常に「遊び」を取り戻す

 

生きる意味とは何かを得たり達成したりすることによって感じられるものではなく、~~~~

 

人生の時間を丸ごと「遊ぶ」ことができるかが問われてくるのです。(156157ページ)

 

◆生活を「遊ぶ」ための工夫

 

「即興」・・・・「偶然に身を開く」・・・・「面倒臭い」を歓迎する(174ページ)

 

「心」の向くまま気の向くまま気軽にやってみる。気が向かなければやらない。「継続」などと堅苦しく考えたりせず、ただ壮大な人生の暇つぶしとして「遊ぶ」のです。(178ページ)
「アリとキリギリス」再考
このようなアリ信仰は、禁欲的に労働して未来に備えることを過度に賛美し、その反作用として「今を生きる」「生きることを楽しむ」ことをよからぬこととして捉えるような、倒錯した価値観を生み出しました。(183ページ)

 

→この価値観をどうにかして変えたいのだが、仕事なんぞしたくないし。

 

(3)疑問や新たに生まれた問いの共有

 

人間ならではの事は何か

 

何をやりたいのか

 

生きがいは何か?

 

本当の自分はどうしたら求められるのか?

 

◆苦悩から出した先にある第二の誕生

 

心を中心に回復させる体験?
第二の誕生とは?

 

受動的から能動的か
どうしたら自覚できるんだろうか?
この本を読んですぐにとはいかない、時間がかかること

 

内面的な空虚と直面することが必要だと思う

 

人間という存在は生きる意味を見失うと……

 

人生で何かしらの生きている意味を自己満足ベースで見出せるのは幸せなことだと思うが?持っていますか?

 

皆本能的に家族を持とうとするのか?

 

◆結局働くのが嫌な人はどうすればいいのか?どうすれば労働を仕事にできるのか?

 

◆食うための職業は誠実にはできにくい、やらにゃ生きていけない。(労働)

 

◆何故、壮大な人生の暇つぶしとして「遊ぶ」ことが、生きがいになるのか?それは仕事にあてはまるのか?

 

◆「芸術とは、邪なるものに曇らさられた世俗に向かって決然と対峙して、そこで忘れ去られてしまった自然の本性、すなわち「美」を力強く表現するものです。」と書かれているがそうなの?

 

(4)本日の感想、新たな問い等 

 

同じ本でも一人一人違う感じ方考え方があることに改めて気づく。

 

今の時代にもアリ的思考に悩んでいる人がいることが驚きでした。

 

第二の自分とか本当の自分を感じゆくきっかけとなりました。

 

遊びと芸術と愛はどう関係あるのかとの問いが生まれた。

 

会社で認められること(価値)

 

→役に立つこと、数字を上げること

 

人としての価値はどこにあるのか?
◆仕事の人生における位置づけ、重み付け
は今後も考えていかなければならない課題

 

私は生きることに意味を感じられないと生きていけなくなってしまう動物です!そうだ私は人間なんだ!

 

一生相手にしてしなくてはならない自分をよく知り、感じて何をするか決めるしかない。人それぞれでいいと思った。
「誰にでも自分にしかできないことが必ず1つはある。それをやることが生きる意味」と言う名言を思い出しました。

 

お金があれば仕事をしないのか? するのか? するとなるとどんな仕事か? それは生きがいか?

 

仕事は人生の中でも大事なことだと思うので「遊び心」をたまに意識しながら業務をしていこうと思う。なんでも「そればっかり」にならず色々な面に居場所を作って分散していく。

 

嫌な仕事が幸福を作る。

 

                                          (記録:比良正彦)

【第123回目の記録】テーマ「男社会」

 

 

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123回目の人生カフェは、平成31年1月18日(金)午後7時~9時、男性6名、女性4名、計10名で、新宿区消費生活センター分館にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

この日のテーマは「男社会」であった。

 

まずは、各自からテーマに関しての問いを出してもらった。

 

○男社会で得するのは、どんな人?

 

○男社会で輝いている男性とはどんな人?

 

○男社会ではない社会は何社会か?どんな社会か?

 

○男社会と女社会はどちらが正しいか?

 

○「男社会」という息苦しさの正体について(男vs女という対立 個が消されているような)

 

○性別はあったほうがよいか?

 

○男社会はいつ現れるのか?(場所・時)

 

○男社会を作ったのは男か?

 

○ホントのところ、女性にどうあって欲しいのか?

 

○男社会っていうくくりで考えるべき問題って何?

 

  ◇女性の地位向上 ◇意思決定プロセスへの女性参加向上

 

  ・一億総活躍社会 ・ソーシャルインクルーシブ(ダイバーシティ)

 

  ・手厚い社会保障/福利厚生  ・SDGs(持続可能な開発)

 

○今の男社会はこれからどう変化するだろうか?

 

 これらの中から、今回は「男社会ではない社会は何社会か?どんな社会か?」を選んで、このテーマを切り口に対話を始めた。

 

記録者が印象に残ったところだけピックアップして記述する。

 

●男女平等意識が極端に低く、男が上、女は下というのは当然だと思っている年寄りは早く死んでほしい!という過激な意見も飛び出した。確かにこれが最高の解決策かもしれないと思えるほど、世代間格差は存在する。

 

●しかしながら、現代の若者たちも男女格差の是正に対する意識が高いとは言えない。若い女性のあいだに専業主婦志向が高まっていたりする。今の若者には、男女格差より、貧困の問題、経済格差の問題の方が身に迫っている。専業主婦は単なる幻想であり、貧しさから女性も当然働かざるをえないし、結果的に低い水準で男女平等が実現していくという、何とも侘しい現実がそこにある。

 

●日本では、議員と会社役員に男性が圧倒的に多い。このために日本の男女平等度は国際的に見て非常に低い。男性の議員と役員を支えているのは家庭にいる女性である。女性の陰の力がないと成り立たないこれらの職業が問題である。日本では女性が議員や役員になって、男性が家庭を支えるという形も成り立ちにくい。したがって、女性がこれらの職業を選びたいという気持ちになかなかなれない。

 

●年寄りがなかなか死なない(?)ということもあってか、日本の社会は30~50年くらい男女平等に関する制度や意識が変わらず、実態はあまりにも変化が遅い。これは低飛行ながらも、資本主義がこれからも続いていき、変化を期待できないという感覚(まあ、安定しているからいいじゃん!というような感覚)から来るのか?

 

●男女間においては、結果の平等ではなく、少なくとも機会の平等がほしい。また、女性の数を一定割り当てするクォータ制の徹底も必要だ。実際に試してみて、よいモデルが増え続ければ、変化は生じてくる。

 

●男社会の反対を女社会と捉え、女が権力を握ればそれでいいとは思わない。権力や決定権の奪い合いだけでは、そこに無駄な争いが生まれ、息苦しい上下関係が築かれるだけだからである。男女に捕らわれない個人の意向や資質が問われる「人間社会」を目指すべきである。

 

最後に、各自にフリップに感想等を書いてもらった。

 

○変わらないということは……得している人がいっぱいいるのかな…? それとも損していることに気づいていない人が多いのか?

 

○社会には「枠」があるようだ。

 

○システムとメンタル 生きていくには両方必要 理性と本能と

 

○男も女もない平等な社会とは何だろう?

 

Action ?

 

○勉強になりました。

 

○すごく視野が広がった。自分がこれまで身近にいる人たちと性別のリアルに向き合っていなかった。

 

○基本的方向性は…これから女性の(職業などの)選択の幅が広がるのがいいと思う。

 

○「○○社会」は世相を映す。キーワードだからなくならない。 「くさいものにフタ」文化撤廃⇒永遠のいたちごっこ? それでも社会は発展してる??

 

 『戸籍法』

 

○男社会の次の社会は幸せか?

(記録:本間正己)

【第122回目の記録】映画「恋におちて」

 

 

 

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122回目の人生カフェは、平成31112()午後130分~5時、男性2名、女性3名、計5名で、榎町地域センターにて実施された。(進行:本間正己・田中あけ美)

 

最初に、この映画を見ての感想を述べてもらった。

 

・携帯やスマホがない時代の恋愛(今は1対1で周りに分からず連絡が取れる)、待つ時間が長い、昭和の時代の恋愛はいいなあと思った。

 

・恋愛とか昔のことなので、こういう気持ちが思い出せない。

 

・この映画の描く恋愛は、交通事故のように突然起こってしまい、理性ではわかっているけど、どうにもならない気持ち、行動など、遠い昔のことを思い出したり、羨ましいと憧れたりする気持ちになった。

 

・主演男優(ロバート・デ・ニーロ)の演技が良かった。

 

・いつもはこのジャンルの映画は観ないが、観てみると面白かった。演出が上手い、映画の作り方、構成に関心を持った。

 

・群衆の描き方、冒頭において主役の行動を平行的にみせていく場面(運命的な出会いを暗示させる)など、本では描くことができない映画ならではの演出がある。

 

・疑問だらけで終わった。

 

・昔観てよく理解できなかった場面、やっぱり今回観ても疑問だった。

 

以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。

 

出された問いを3つにまとめ対話を行った。

 

(問い)DVDで映画の場面(フランクが妻のアンにモリ―との関係を告白する場面)を参加者で確認を行った。

 

・「愛なんてどこにある?」

 

・フランクは妻に告白しない方が良かったのか?

 

・妻のアンは夫が告白しなければ結婚生活を続けていたのか?

 

・フランクの妻の「その方がもっと悪いわ!」の意味は?

 

2人が本当に愛しあっていれば不倫は起きないのではないか。

 

愛情とか恋は4年が限界。

 

「愛なんてどこにある?」の愛は、恋愛の愛。結婚すると恋愛の愛から家族愛へと変化していく。女性は子どもができると生活中心、性は邪魔になる。恋愛できる環境にない。

 

フランクの妻は嘘をつかれてもいいから家族を保ちたかったのに、フランクが正直に話してしまったことに対して怒った。(フランクが嘘をついてくれれば、結婚を維持しようとする気持ちの方が上回っていると判断できたのに……)

 

告白してもしなくても結婚生活はうまくいかなかっただろう。

 

(問い)

 

・叩かれる不倫と叩かれない不倫の違いは?

 

・許される不倫とは?(許されないものとの違いは?)

 

女性の不倫は叩かれる。母は家庭を守るものというイメージがある。

 

芸能人でいうと、それまでのイメージとギャップがあると叩かれやすい(ベッキーとか乙武さんとか)

 

今、不祥事を起こしたものや、弱いものを更に叩くという風潮があり、その叩く対象のひとつとして不倫があるのでは?

 

自分ができないことをしていることに対する僻(ひが)みの裏返しではないか。

 

(問い)

 

・不倫はなぜいけないのか?

 

・人はなぜ不倫をするのか?

 

 男女の恋愛はなぜ11でなければならないのか?

 

生物学的にみると、不倫するのは当たり前の事象では?

 

子どもが何人かいても皆同じように愛することができる、男女でも複数の人を愛することができるのでは?

 

結婚という契約関係を結んでいるのに不倫するのは契約違反になるのではないか。

 

(感想)

 

・不倫の形よりもときめき感を大切にしたい。

 

・結婚に対する価値観が変わると不倫というのは死語になるのでは?

 

・昔みた時に感じた妻アンの言葉のモヤモヤがみんなで話してスッキリしました。

 

・今の結婚制度はベストなのか? よりよい形は何だろうか?

 

・恋におちることは本当にあるのだろうか?恋って何だろう?

 

・結婚って何だ?恋愛って何だ?

 

・恋愛というより、人を好きになる至上主義者だ!

 

 (記録:田中あけ美・本間正己)

 

 

【第121回目の記録】テーマ「来年の夢・将来の夢」

 

 

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121回目の人生カフェは、平成30年12月22日(土)午後1時30分~5時、男性3名、女性2名、計5名(若い人の参加もあったので、まさに老若男女)で、新宿区榎町地域センターにて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日のテーマは「来年の夢・将来の夢」であった。「幸福シート」なるものに記入しながら、語り合った。

 

 この幸福シートは最終的には自分でお持ち帰りであり、このシートに記入した内容を発表するかしないかは本人の自由である。発表する場合、できるだけ話を盛ることはしないで、自分の気持ちに素直にしてほしいとお願いする。

 

 まずは、「いま」「ここ」「わたし」を確認するために、自分の名前などを記入してもらう。これは、いま、ここ、わたしが原点であり、出発点であることを自覚する意味合いがある。

 

 次に、対人関係に注目し、「今、わたしにとって大切な人」と「今までで感謝したい人」を挙げてもらう。これは人生にとって、対人関係がとても大切だということを感じてもらうためである。

 

 (私、本間は過去4年間くらい、職場が変化していないこともあって、あまり変わってはいないが、哲学カフェ関係の対人関係が徐々に濃密になっていることは間違いがない。)

 

 次に、いよいよ未来志向で、「当面やりたいこと(1~3か月くらい)」「中長期的にやりたいこと(1~3年くらい)」「どのような人生を送りたいですか」について記入してもらう。

 

 1年半後には東京オリンピックがあるが、今回の参加者はこれを意識している人があまりいなかったのはちょっと面白かった。

 

 (私、本間は、やはり哲学カフェ関係のことが多い。それと来年は65歳、前期高齢者になり、再来年は非常勤職も終了となることが大きい。)

 

 さらに、来年に向けて、もう少し具体的に考えてみる。「場面ごとに(家族、友人、職場など)」「要因ごとに(健康、お金、趣味など)」に記入してもらう。この時のポイントは具体的にということと、ある程度全体のバランスを考えるということである。

 

 (私、本間は、全体に渡って記述するとともに、①非常勤退職後の新しい活動を考える ②新規パソコンの購入 ③母の介護 を特に重点に掲げた。)

 

 参加者5人がそれぞれ自分を振り返り、未来を見据える時間になったと思う。家に帰って、もう一度見直し、補足していくといいことを勧める。

 

 最後に、感想等をフリップに書いてもらった。

 

〇あっという間!

 

〇5人という人数がとても丁度良いと思いました。皆さんの考えていることをゆっくりじっくりと聞くことができて、とても有意義な時間でした。とんでもない目標を立ててしまったような気がしていますが、頑張ってみます。

 

〇将来のことはよく分からないが、今できることをする。

 

〇前期高齢者!(しかし、強調しすぎるのも何かな?)  いくつか情報をありがとうございました。

 

〇とりあえずの結論。 今日、来てよかったなあ。やっぱり、自分は幸せなのかもしれないと思った。「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇である」

 

(記録:本間正己)

【第120回目の記録】本『考えるとはどういうことか』

 

 

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120回目の人生カフェは、平成30128()午後430分~730分、男性6名、女性

 

4名、計10名で、ミヤマ高田馬場店で実施された。(進行:本間正己) 

 

この日は『考えるとはどういうことか』(梶谷真司、幻冬舎新書)の読書会という形式で行われた。 

 

最初に、各参加者に心に残った箇所や感想を述べてもらった。

 

出されたものは以下の通りである。 

 

自ら考えて決めた時にだけ自分のしたことに責任を取ることができる(P.100

 

新書という形。対話の身体性(P.165

 

知識ではなく、自分の経験に即して話す。対等になる(P.70

 

・赤ん坊でもいい。・母親という哲学的資質を持った人。・子どもが泣いたり騒いだりするのは当たり前。(P.194195

 

問い、考え、語り、聞く。

 

哲学とは、「問い、考え、語り、聞く」こと。

 

知識だけ学んで問うことがなければ、思考はどこにも行かず、育つこともない。知識もなしに問うばかりでは思考は方向を見失う。(P.144

 

大事なのは、問うことを恐れないことである。(P.142

 

「問い」「考え」「語り」「聞く」。「自由のため」「責任のため」「自分のため」。何を目指すか、何をするかを簡単に言った。

 

体で感じる自由。(P.91

 

 以上のことを踏まえて、この本にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

考えるとはどういうことか?

 

哲学的深まりとは何か?

 

板書とメモは無い方が良いの?(P.237

 

考えることと選択することの違いは?

 

哲学カフェ以外の場と哲学カフェの違いは?

 

問う、語る、聞く、「言葉」について「共感」について。その扱いは?

 

P.80~第2章哲学の存在意義。哲学は何のためにあるのか?

 

P.172聞くことにおいて本質的なことは、音声となった言葉を受けとめる以前に、その人のためにその場に居て、その人の存在をそのまま受けとめることだ。端的にいえば「場を共有」することだとはどういうことか?

 

「自由になれた」と体で感じるというけど具体的にどんな感じか?(本にもいくつか載っていますが、もし体験したことある方がいたら聞きたいです。)

 

本当に学校は語る自由を奪っているだろうか?

 

P.241~いい対話は「哲学」対話でなくてもよい話しですね

 

 次にこの問いを踏まえながら、フリートークへと入っていった。

 

哲学対話と自由の関係

 

・思い込みから解放される。

 

・参加者の多様性は重要である。

 

・意識していなかったことを意識するようになり、選択肢が増える。

 

・参加者それぞれが言葉にして出す事で、多様な考えに触れる事ができる。

 

・日常で出せない考え・言葉を出せる(同調圧力から解放される)。

 

・対話により自分の持っていた視点・価値観から解放されて自由になる。

 

・対話という共同作業により、相手に対する否定が消えた経験がある。

 

・分からないことが増え、モヤモヤするこれも自由。

 

・ずっと一人で考えていて行き着けなかったところに、対話を通して行き着けた経験。そのときに心と身体が軽くなった。

 

相対化・対象化

 

・哲学対話を通して自分の知識やものの見方から距離を置ける(P.92)。

 

・相対化・対象化は対話ではなくても可能では無いか?(文章にする等)

 

・相対化・対象化する事で、ものごとが整理されて分かるようになる。その結果、自分で制御可能な状態になる。

 

選択できるということ

 

・選択できるという自由。

 

・選択肢が増える選べる自由。

 

・選択肢が多いと不自由(スティーブ・ジョブズ)。

 

・解放感(快感)と不安定感の両義的感覚=自由の感覚。

 

考えるとはどういうことか?

 

・全てを肯定すること。

 

・言葉を使って行う営み。ことばに当てはめて整理・分解・組み立てをしていくこと。

 

・問うこと・語ること・聞くこと。

 

・相対化・対象化すること。

 

・様々な制約から自らを解き放つこと。

 

・個人として考えること(書く等)と、集団として考えること(対話)がある。

 

哲学的深まり

 

・哲学的な深まりは必要無いのか?

 

・様々な意見を一つにしていく普遍性を探る哲学的な対話。

 

・自由に話しても良い話が深まる。

 

・自由に話すためなら、哲学的深まりを犠牲にしても良いか?

 

・哲学的深まりは主観ではないか?

 

考えるための環境が整っていないので、まずは環境を整えることが大事では?

 

ファシリテーターの役割とは?

 

 最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

器、場を作る意義とそれからのこと

 

「教育現場」「お母さん(という役割)」をよく知っている(特別視している)哲学者による「対話のすすめ」の本なのかなと思いました。そのうえで「社会人に役立つ」要素もある!

 

・まず「場」が必要。・次に対話を支えるメンバーの自覚的努力が必要。・その努力を引き出すためにファシリテーターの能力も重要。

 

孤立から対話によって繋がっていく。共通していても互いに確認できないと共有にならない。

 

哲学的な深まりは欲しいです!(哲学的な深まりとは?)

 

梶谷先生の立ち位置真理の追求より、デモクラシーに重きをおいているのではないか?

 

自由のことをまた考えたい。

 

ただ読むことと、みんなで読むことは違う。

 

十日後、二年後に、人が変化した結果を見られるなら良しか?場が「考えること」「変化すること」を生み出したと言うか?

 

(記録:髙橋あずさ)

【第119回目の記録】テーマ「普通」

 

 

 

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119回目の人生カフェは、平成30127日(金)午前10時~12時、男性3名、女性3名、計6名でプロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

この日のテーマは「普通」であった。

 

まず各自に「普通かどうか疑っていること」を出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

ゲーム、インターネットをしているとダメみたいな風習がありますが、それって普通?(勉強している方が偉い?)

 

「普通かどうか疑っていること」全て

 

若い人と高齢者の普通の違い

 

結婚したら夫の姓になる

 

恋愛(結婚)の相手は一人であることが普通ですか?

 

次に上記の内容を踏まえ、「普通」にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

若い人と高齢者の普通に対しての違いはあるか?

 

自分を守る安全な表現行為?

 

自分にとっての「普通」とまわりの人の「普通」は、なぜ違うのか?

 

普通じゃないとは何か?

 

「普通」は正しいことか?

 

こういう哲学的な話し合いをしたいのって普通?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で問いを1つ選び、フリートークへと入っていった。

 

テーマ「自分にとっての「普通」とまわりの人の「普通」は、なぜ違うのか?」

 

「普通」の感覚は、世代間や、時代、国(文化)で異なる。

 

「普通」の感覚は、その人を取り巻く環境から作られる。

 

「普通」=常識、当たり前、慣習、多数。

 

「普通」と言うと、みんなそうだからという安心感がある。

 

「普通」という言葉は、何かと比較した時に出てくる。

 

「普通」という感覚は、物事を見る視点によって変わる。

 

「普通」は教育等で刷り込まれるものではないか?

 

「普通」や「常識」は何の為にあるのか?

 

その人の「普通」は、その人が生きていく中で、出来上がってくるものではないか?

 

周りの人との人間関係に重きを置くと、普通の行動を取るようになる。

 

・まわりの普通常識

 

・自分の普通(こうしたい・こうであって欲しいのような)欲望が入る。

 

人は、この二つの感覚を自分の中に持っているのではないか?

 

「普通じゃない」といわれると嬉しい。

 

「普通じゃない」といわれると悲しい。

 

少数派になると、そのコミュニティから排除されてしまう怖さがあるから、普通であるように振舞う。

 

自分のものさしがしっかりとしていれば、普通じゃなくても(正しくなくても)、周囲の反応はあまり気にならない。

 

自分のものさしがしっかりとしている=自己一致しているということではないか?

 

自己一致に価値を置く生きかたをしていれば、少数派になること(普通じゃない)も怖くない。

 

少数である(普通ではない)アスペルガー症候群の人との出逢いが、それまで自分の見ていた世界を一変させた経験がある。

 

アスペルガー症候群の人が抱える「自分が全く分からない『世間の普通に沿った言動』を求められる辛さ」

 

交流分析「I'm OK. You're OK.」「I'm not OK. You're OK.」「I'm OK. You're not OK.」「I'm not OK. You're not OK.」の4つのパターンの中の「I'm OK. You're OK.」(私も、あなたもOKである。)を目指したい。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

哲学の対話は今回が初めてだったのですが、皆さんのおかげでとても楽しかったです。(楽しすぎて、なぜ周りと自分の普通は違うのか、っていうテーマからズレてしまいました。笑)今回、楽しい時間をありがとうございました。高橋さん、企画と話し合いの仕切り、本当にありがとうございました。

 

「普通」から「自己一致」のキーワードは予想していなかったので、改めて「自己一致」とは自分にとって考えたいと思いました。

 

・「普通」を意識する度合いは、柔軟性+自分の頭で考えているかのバロメータ。

 

・周りを気にせず、もっと自己開示してもよい。

 

「普通」に対する考え方にも、いろいろなアプローチがあり、視野を広げることができて良かったです。このテーマを通じて、普段は会うことがないであろう人と話ができていい機会を得ることができました。「自由」と「普通」の関連を宿題にします。

 

普通は人それぞれ、みんな違ってみんないい!

 

時間があっという間に過ぎました。「自己一致」したいですありがとうございました!!

 

(記録:髙橋あずさ)

【第118回目の記録】テーマ「東大の中心で、老いをさけぶ」

 

 

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118回目の人生カフェは、平成301124日(土)午後130分~330分、老若男女17名(他にギャラリーが約10名)で東京大学駒場キャンパス516教室にて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日のテーマは「東大の中心で、老いをさけぶ」であった。

 

コミュニティボールなどを使いながら、和やかな雰囲気の中で進行した。

 

まずは「チェックイン」で、「どんな時に老いを感じるか?」という問いに、一人一つ1分以内で話してもらった。

 

次に、各自に「老い」にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

なぜ「老い」はマイナスのイメージでとらえられることが多いのか?

 

リタイアによって自由な時間を持つことができること。

 

老いの実感は自分次第なのか?

 

老いは悪いことか?(主観的なことではあるが)

 

人はなぜ「老い」を隠したいと思うのか?隠さなければいけないのか?

 

老いによって何か得するか?

 

なぜ社会が自然発生的に年齢のグループ分けをするのか?(例:大学は18〜23ぐらいまで)

 

老いによる身体障害と一般的な身体障害はイコールか否か?

 

老いてない人に老いを説明することは可能か?

 

「若返り」が可能な世の中になったとしたら、それを望みますか?

 

老いを防ぐことはできるか?

 

老いのこころは何か?

 

世の中のいろいろなことの本質が見えてくる。理解できるようになっていく。向上は無限だが、人間についてわかってくる事で比較的自由な行動ができる。

 

(精神的に・肉体的に)落ちつくことはいいことかどうか?

 

老いることでの、良い面は?悪い面は?

 

老いにネガティブなイメージがつきまとうのはなぜか?

 

人生について深く考えられるようになった?

 

老いることの意味は何か?

 

次に少人数のグループに分かれて各グループで問いを1つ選び、対話をしてもらった。

 

各グループで選ばれた問いは、

 

「若返り」が可能な世の中になったとしたら、それを望みますか?

 

なぜ社会が自然発生的に年齢のグループ分けをするのか?(例:大学は1823ぐらいまで)

 

人はなぜ「老い」を隠したいと思うのか?隠さなければいけないのか?

 

老いによる身体障害と一般的な身体障害はイコールか否か?

 

であった。

 

次に、各グループで選ばれた問いの中から一つを選び、全員でフリートークへと入っていった。

 

選ばれた問い「『若返り』が可能な世の中になったとしたら、それを望みますか?」

 

現時点で若返りは不可能である。現実的ではない話をしても意味がないのではないか。

 

現在の経験と記憶を維持できるなら、若返りたい。

 

現在の自分(これまでの経験等)を手放したくない。

 

今の経験や記憶を維持したままで若返ったら、経験できないことも多いのではないか?(新しい事に対しての新鮮な感覚等)

 

今を楽しみたい。

 

今を楽しむ能力に年齢は関係ないのではないか?

 

今を楽しめていない中高年が多い?

 

リタイア後の自由な生活以前の仕事中心の生活に戻りたいとは思わない。

 

何歳まで生きたいか?

 

天寿を全うするまで生きたい。

 

長生きするメリットは何か?やりたいことができる。好奇心を満たすことができる。

 

老いていく素晴らしさもある。

 

老いること、失うことによって得るものや見えてくるものがあるのではないか?

 

今を肯定した上での好奇心から、若返りを望む。

 

年を重ねるごとの、年齢相応の楽しみ方がある。それを大切にすべきでは?

 

メディアによる「老い」のネガティブイメージが大きいのでは?

 

面倒くさいことが増えていく印象。

 

「老い=悪」であるなら、若くして亡くなった人にはお祝いをするのが妥当だと思うが、そうならないのはなぜか?

 

いつまでも元気でありたい若返り

 

精神的な老いは肯定できるが、肉体的な老いは肯定できない。

 

肉体的な老いは、バイオテクノロジーの発達で今後克服できるようになるのではないか?

 

医療の進歩人生100年時代→85歳が老いの境界線か?

 

老い以前の自分との比較で下がったことネガティブ

 

人間は、現状安定維持を望むものなので、老いをネガティブに捉えるのでは?

 

以前の自分との比較は、今の自分を楽しめないし、否定してしまう。

 

以前の自分との比較は、今の等身大の自分を知るというメリットもある。

 

年齢は生きた結果にしかすぎない今を一生懸命に生きる事が大切ではないか?

 

人生をやり直せると思ったら

 

・人生に真剣に向き合えなくなる若返りを望まない

 

・今を懸命に生きなくなってしまう若返りを望まない

 

・余裕を持って「今」に向き合える若返りを望む

 

「チェックアウト」では、気づいたこと、持ち帰る問い、感想などを一人一言ずつ話してもらった。

 

(記録:髙橋あずさ)

【第117回目の記録】テーマ「おひとりさま」

 

 

 

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117回目の人生カフェは、平成301116日(金)午後7時~9時、男性7名、女性4名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日のテーマは「おひとりさま」であった。

 

まず各自に「おひとりさま」にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

おひとりさまとわざわざいうところに、どんな心理があるのか?ひそむのか?

 

おひとりさまがなぜ問題になるのか?

 

おひとりさまは未来に何を残すのか。

 

おひとりさまは楽しいのか?

 

おひとりさまはどう生きるか?・自分 ・人生100年 ・健康+仕事

 

誰が「おひとりさま」と言うの?

 

おひとりさまはかわいそうか?

 

おひとりさまはさびしい?

 

おひとりさまはなぜ自由なのか?

 

おひとり様の生き方(と死の覚悟)とは?

 

おひとりさまのこころとは?

 

次に3人ずつのグループに分かれてこの中からテーマを1つ選んで、対話をしてもらった。

 

出されたテーマは、

 

おひとりさまは未来に何を残すのか。

 

おひとりさまがなぜ問題になるのか?

 

おひとりさまとわざわざいうところに、どんな心理があるのか?ひそむのか?

 

であった。

 

次に出された問いを踏まえながら、全員でフリートークへと入っていった。

 

おひとりさまと言っても、両親は必ず存在していたので、完全なおひとりさまは存在しないのではないか?

 

おひとりさまの生き方として、ネットワーク(友達・仲間など)を大切にすることが重要では?

 

おひとりさまはこれから多数派になる。

 

おひとりさまは、一人で何でもできる・やりたいことができるので、自由で可能性が大きい。

 

家族がいると不自由か?

 

おひとりさまの自由さに対しての周囲の嫉妬心が「おひとりさま」と呼ぶ心理に含まれているのではないか?

 

おひとりさまへの周囲の同情心もあるのでは?

 

人生において「何かを残さなければならない」のか?

 

何も残さない人生などあり得ないのではないか?

 

おひとりさまにしか残せないものは何か?

 

何も残さなくても良いのではないか?「残さない美」

 

「おひとりさま」とは、その本人ではなく、周囲の人が作る括りではないか?

 

おひとりさまが少子化の原因か?

 

少子化は、IT技術の発展による、人びとの思考のデジタル化(効率、合理化、最短を優先させる)に原因があるのではないか?

 

少子化は、結婚・育児にメリットを感じられない社会構造に原因があるのではないか?

 

思考のデジタル化により、人との繫がりが薄くなっている「孤立」が問題か?

 

子どもを「作る」という奢った考え方があるが、子どもは授かり物である

 

おひとりさまは効率的か?効率的であるとしたら、誰にとって効率的か?

 

人間は本来「非効率」な生き物ではないか?

 

人間はひとりで生きていけない。集団で生きる生き物なので、遺伝子レベルで「おひとりさまに対する違和感」があるのではないか?

 

おひとりさまの定義とは?パートナー、子どもの有無だけか?子どもがいるおひとりさまもいる。

 

(記録:髙橋あずさ)

 

 

 

【第116回目の記録】映画「ハンナ・アーレント」

 

 

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116回目の人生カフェは、平成301110()午後130分~5時、男性4名、女性4名、計8名で、榎町地域センターにて実施された。(進行:本間正己)

 

 

 

最初に、この映画を見てのキーワードとざっくりとした感想を述べてもらった。
出されたキーワードは以下の通りである。
「強い意志」
「感情と信念」
「誠実さ」
「凡人」
「悪・凡庸さ」(あってないようなもの、見方によって変わる)
「良心」

 

 

 

以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
同朋に対する犯罪より人類に対する犯罪は哲学的?
記事を書くことのモチベーションはどこから?
ハンナ・アーレントは同朋のユダヤ人に対して思いやりの気持ちがあったのか?
抵抗と協力の間にあるもの?
●”
無思考は日本人の最も得意とするところなのではないか?
絶対的な善と悪はあるのか?
善悪はどうやって決まるのか?

 

 

 

(途中、DVDで最後のアーレントの学生への講義場面を皆で鑑賞)

 

 

 

皆から出された問いを踏まえながら、問いをいくつかにまとめて話しあった
理解することと許すこととは違う
炎上狙いで記事を書いたのではない
周りの感情は考えず、まっすぐに哲学的に考えたのではないか
同朋というより友人を大事に考えた
抵抗と協力の間にあるものは考えること?
悪には動機がある悪、動機がない悪凡庸な悪・全体主義がある
全体主義的な悪は判断能力を奪う、一人ひとりが責任負えない
人間性を失うことを悪と見る

 

 

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。
〇日本社会の凡人な私が思考し続けるには?
〇分かりやすさ(クルトやハンスとの齟齬)に安住せず、その先を考え抜く苦行を求める
〇アーレントであり、アイヒマン。すごく素朴に自分のこととしてこの二人の人間になっている(真二つに)
〇民族とは何か?地球市民は理想?考え続けることは必要
〇(この感想を)考えられませんでした
〇現代や自分に引き寄せて考えると難しい問題だ。考えるにエネルギーがいる!
〇「悪の凡庸さ」「思考の風」
 ユダヤ指導者のナチスへの関与への言及をめぐって
 「傲慢・冷淡だ!」「過ちを認めろと言うけれど、何が過ちか言えない」
 「ヒステリックな反応」

 

 

 

(記録:田中あけ美)

 

 

【第115回目の記録】テーマ「執着」

 

 

 

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115回目の人生カフェは、平成30112()午前10時〜12時、男性1名、女性2名、計3名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:髙橋あずさ)
この日のテーマは「執着」であった。
まず各自にこのテーマに対する自分なり問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
なぜ執着するのか?
執着して困ること、執着して良いことは何?
執着と自由の関係は?(反対概念か?)
今一番執着していること・ものは何?
どういうことに執着していましたか?
どういうことに今執着していますか?
執着とこだわりは一緒?
問い出しの流れの中で、「どういうことに執着しているか?」という具体的な話から始めることで全員の意見が一致し、フリートークへと入っていった。
執着は予期不安から起こる?
「物」への執着、「考え」への執着。
物への執着捨てられない断捨離執着を無くす。
執着することで、自由が得られる?
執着することで、自分の方向性が固まり、安心できる?
執着することで、気持ちの安定。よりどころ(依存かも?)を得ることができる。
適度な執着楽しめている感覚。自由を感じる良い状態。
過度な執着固着。精神的な苦しさ。選択の幅が無くなる。不自由な感覚。つらくなる良くない状態。
執着することで自由を得られるのでは?
自由不安になる執着する安定する自由が欲しくなる自由になる(執着を手放す)→不安になる→(別のものに)執着する人間はこの無限ループを繰り返しているのかもしれない。
執着と囚われの違い囚われは「囚」の字の通り、□()の中に閉じ込められている感覚。
執着は□()に人がくっついている感覚。
執着とこだわりの違い執着悪いイメージ。
こだわり良いイメージ。スペシャリティ。ある事を極めているイメージ。
ある事を極める=執着ではないか?
こだわりも「拘り」と書くと、良いイメージではなくなる?
最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

執着、こだわりは使い方次第。良い方に使いたい。
執着(こだわり)「安定」と「自由」の往復運動を自覚しよう!楽しもう!
「執着・こだわり(拘り)・囚われ」の謎が解けてスッキリしました。「自由不安執着安定自由……」納得です。
(
記録:髙橋あずさ)

 

【第113回目の記録】テーマ「心が通じ合う」

 

 

 

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第113回目の人生カフェは、平成30年10月19日(金)午後7時~9時、男性3名、女性3名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

 

この日のテーマは「心が通じ合う」であった。...

 

【リード文】
「心が通じ合う」とは、どういうことでしょうか?
「心が通じ合った」経験はありますか?
「心が通じ合う」ことについて考えます。

 

まず各自に「心が通じ合う」にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
〇心とは何か?
〇心は通じるのか?
〇心が通じ合いたいのはなぜか?
〇心が通じたと思えるのはなぜか?
〇「通じ合った」とわかるのはどんな状態の時?
〇通じ合えた(相手に伝わった)は相手にどのような反応があった時?
〇心が通じると理解するはどう違うか?
〇心が通じると気持ちがわかるは同じこと?
〇「心が通じ合う」とはお互いが認めあえることか?
〇心が通じ合うことが永遠に続くことはあるのか?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.
テーマ「心が通じ合いたいのはなぜか?」
●心の内容は、知・情・意だと思う。一般には、「情」を中心に捉えていると思われるが、知・情・意をトータルに考えた方がいいのではないか。
●心は脳そのものか。脳の部位の反応や脳波などの問題か。脳は心を作り出す働きを持っている。
●心は3人称だけでは捉えきれない。1人称の次元が重要である。
●言語は心の大きな要素であるが、心はそれだけではない。
●心が通じ合いたいのは、人は一人では生きていけない、お互いに協力したいから。お互いの理解や行動の共通の土台が欲しいから。心が通じ合うと楽しいから。
●反発や対立も共通の土台の上でなされているのであれば、心がそれなりに通じ合っているということではないか。

 

●「心が通じ合う」の反対は「孤独」ということである。
●動物(ペット)と心が通じ合う、舞台の演者と心が通じ合う、著者と心が通じ合う……これらは錯覚か?幻想か?
●対等な関係で両想いでなければ、心が通じ合うとは言えないのではないか。
●言語だけでなく、非言語によって、心が通じ合っているか否かが分かるような気がする。
●相手が自分の思っているとおりに行動してくれなければ、心が通じていたとは言えないのではないか。
●心が通じ合うとは、結局、思い込みや幻想ではないか。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。
〇改めて「心」とは何だろう? と思いました。そして、通じ合いたい気持ちはなくならないのだろうと思います。
〇人間はやっぱり心(気持ち、考え)が通じ合うことを求めているのではないか?
〇心が通じ合ったという体験はやはり楽しかった体験だ。だから、それはなぜ楽しかったのか、もう少し考えていきたい。
〇心が通じ合うとは「幻想」なのか?
〇(私の)人生には幻想が必要です!
〇心・感情は通じ合えるものだと信じて、自分の感情表現を押し付ける(同調圧力)ことで、それを踏み絵にして「おトモダチ?」を選別する人はイヤダ。

 

(記録:本間正己)

[第112回目の記録]テーマ:映画「ブレードランナー」

 

 

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第112回目の人生カフェは、平成30年10月13日(土)午後1時30分~5時、男性2名、女性2名、計4名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)
今回は映画『ブレードランナー ファイナルカット版』(1982年、ファイナルカット版は2007年)(リドリー・スコット監督)を素材に取り上げた。
最初に、この映画を見てのざっくりとした感想を述べてもらった。
出されたものは以下の通りである。...
・今回初めて観たが、36年前にこんな世界観のSF映画が作られていたのに驚いた。
・若い頃観た時に心に残った場面があったが、今回もまた同じところに深く思いが残った。
・その後のSFに影響を与えた映画。深い映画であることを再確認した。
・自由意志や記憶について、いろいろ考えさせられた。
以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。
出されたものは以下の通りである。
●何故、レプリカントは記憶をもたされているのか?
●感情はいつからどのように起こってくるのか?
●心は作ることができるのか?
●もし自分が過去の記憶を植え付けられたレプリカントだと分かったら、どう生きるか?
●完全なレプリカント=人間なのか?
●作られた心と私達(人間)の心は何が違うのか?
●ロイは何故最後にデッカードを殺さず助けたのか?
●デッカードの住居にピアノがあるのはなぜか?
次にこの問いを踏まえながら、問いをいくつかにまとめて話しあった
1.記憶と感情と心について
・記憶には作業記憶とエピソード記憶がある。
・植え付けられた記憶があるのではないか 。
・自分の都合の良いように記憶している場合がある。
2.ロイは何故最後にデッカードを殺さなかったのか?
(DVDでこの場面を観る)
・死を設計されたレプリカントと人間の不公平感⇒怒り
・死が迫っているのを感じた時、デッカードに同じ死の感覚を味あわせた事で満足
・死ぬ際の思いを誰かに知ってほしかったのではないか?
・ロイの言葉は詩的である。
3.デッカードの住居にピアノがあるのはどうしてか?
・デッカードはレプリカントではないか?
4.人間とレプリカントの違いは何か?
・AIが育っていくと人間のようになるのでは?
・学習すれば感情ができるか?⇒それができるようになれば人間とAIは変わらない。
・設計され、作られた⇒自分の運命が他人に作られる、決められる。
・レプリカント=人間扱いしない(黒人奴隷)・・・自由を求めて反乱
最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。
〇一番印象に残ったのは、記憶について話したことー記憶の書き換え、自分の都合のよいように 記憶している……。
〇技術の進歩でこれからの世界はどうなっていくのか、知りたいような、知りたくないような。
〇自由はやっぱり必要
〇レプリカントの存在が人間とは何かを考えさせる(フランケンシュタインと同じようなテーマか?)。
〇将来レプリカント的なものが必要とされるのは必然だろうか。
〇レプリカント的人間が将来現れる?
〇自然(発生)と人工(発生) 何が違う?もう少し考えてみたいテーマです。
(記録:田中あけ美)

[第110回目の記録]テーマ「行人」(夏目漱石)

 

 

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110回目の人生カフェは、平成30929()午後130分~5時、男性2名、女性3名、計5名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

 

この日のテーマは『行人』(夏目漱石、新潮文庫)の読書会という形式で行われた。

 

最初に、各参加者に感想を述べてもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

主人公を第三者の目から見て描写しているのが、漱石らしい。

 

一郎漱石?

 

「友達~帰ってから」と「塵労」では、一郎の見方が全く異なっている。

 

行人は哲学的な要素が強くおもしろいが、文学としては失敗作か?

 

一郎は面倒臭い人?

 

一郎漱石、二郎世間か?

 

二郎の心が描かれていない。

 

一郎は確かに面倒臭い人ではあるが、真面目で誠実な美点を持っている人ではないか?

 

以上のことを踏まえて、この作品にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

どうして二郎の一人称で語る形式にしたの?(その効果は?)

 

一郎(面倒臭い人)はダメですか?(なぜこんなに嫌われてしまうのか?)

 

これから一郎はどうなるのだろう?(どうなって欲しいか?)

 

孤独感(インテリの)

 

生きづらいを生きる意味とは?

 

なぜ宗教に向かうのか?

 

「行人」タイトルの意味は?

 

Hさんだけアルファベット表記にしたのはどうして?(漱石の意図って?)

 

相手の気持ちがわからないを嫌なのはなぜか?

 

・わからないことそのもの?

 

・わかろうとすること?

 

・自分の思うようにならないこと?

 

次にこの問いを踏まえながら、フリートークへと入っていった。

 

「行人」タイトルの意味は?

 

・行人(ぎょうじん)求道者一郎

 

・行人(こうじん)使者二郎、Hさん

 

孤独感(インテリの)

 

・孤独に自ら入り込んでいく感じ近代的自我

 

・インテリのお父さんの生きづらさ。お父さんの書斎は2階、家族が寛ぐ茶の間は1階という、家の構造も関係あった?

 

どうして二郎の一人称で語る形式にしたの?(その効果は?)

 

・客観性を持たせ、話に拡がりを持たせるためでは?

 

・主人公から一歩引くスタイルは漱石らしいと言えるのではないか?

 

・一郎の心は分かるように描かれているが、二郎の心・直の心が分からない。

 

・全体に二郎の独白になっている。

 

・二郎自身の気持ちが揺れている。漱石も揺れている分かりにくさ。

 

一郎(面倒臭い人)はダメですか?(なぜこんなに嫌われてしまうのか?)

 

・一郎インテリ、ネガティブ、癇癪持ち

 

・癇癪持ちは先が読めない怖さがあるのでは?

 

・一郎は近代的自我を強く持っていたために、神経衰弱(ノイローゼ)になった?

 

これから一郎はどうなるのだろう?(どうなって欲しいか?)

 

・もっともっと悩んで、悩み抜いて欲しい。(一郎は大変だとは思うが)

 

Hさんの手紙を読むことで、家族の一郎への理解が多少は深まり、良い方向に向かうのではないか?

 

・一郎の生きづらさは、近代的自我のほかに「男たるもの」のような、男であるがゆえの縛りもあったのではないか?

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

生きづらいは越えられる。

 

一郎がどんな人であるのか、二郎を通して書かれることで、二郎が行人(使者)だろうとのことだったが、一郎を取り巻く全ての人が、一郎がどんな人であるのかを示す行人のように思われた。

 

知りたいと思う心=愛ですね。

 

「二郎使者行人」の意味合いを考えたくなった。

 

「行人」はいい!「一郎さん」いい!「漱石」大好きです。

(記録:髙橋あずさ)

 

 

 

[第109回目の記録]テーマ「勇気」

 

 

 

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109回目の人生カフェは、平成30923日 金曜日19時から21時まで、

 

男性3名女性1名計4名で新宿消費生活センター分室にて実施された。

 

(進行役:比良正彦)

 

テーマ「勇気」

 

(リード分の一部)

 

もう少しあればと思うものの1つではないでしょうか。

 

この正体が見えてくば、良いことが起こりそうな予感がしませんか?

 

勇気とは何か?

 

どんな勇気が必要なのか?

 

など、「勇気」にまつわる頭に浮かんだモヤモヤを、問いのかたちで出しあいます。そして、その問いを皮切りに対話を進めます。

 

<問いと対話にでた言葉>

 

〇勇気は感情か?

 

〇勇気とおそれの関係は?

 

思考

 

おそれ

 

〇勇気があるのは良いことか?

 

〇勇気は必要か?

 

〇勇気と他人との関係は?

 

〇自分らしく生きることに勇気が必要なのは何故か?

 

同調圧力

 

リスク(振れ幅の大きさ)

 

未知のことへの取り組み

 

人に合わせない勇気

 

〇大人になるとなぜ勇気はそれほど必要でないと感じるのか?

 

〇大きな勇気はどんな時に必要なのか?

 

〇勇気と欲との関係はどんなものか?

 

〇年寄りに勇気は必要か?

 

未知の何かをするには勇気が必要。

 

現状に満足なら、勇気の必要性は低い。

 

〇勇気を出せる時出せない時は、何が違うのか?

 

〇勇気があればは、言い訳口実ではないのか?

 

〇小さな勇気でもネックとなっているのはどんなことか?

 

《感想等》

 

・勇気は大切にしたい。

 

・勇気はやっぱり必要。もうちょっと欲しい。

 

・小さな勇気があればすむことは迷わない、そんなスタンスで行きたい。

 

・勇気に必要なもの。

 

意思

 

   価値観

 

自己肯定感

 

意識して行動してみたい。

 

 (記録:比良正彦)

 

 

 

 

[第108回目の記録]テーマ「万引き家族」

 

 

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第108回目の人生カフェは、平成30年9月8日()午後時30分~5時、男性4名、女性5名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己、田中あけ美)

 

今回は映画『万引き家族』(是枝裕和監督)を素材に取り上げた。

 

最初に一人一人1分程度で、この映画を見てのざっくりとした感想を述べてもらった。

 

次に、この映画について、各自の問いを出してもらった。

 

〇ゆり=じゅり=りん(凛)はこれからどうなるのだろう?

 

〇祥太はどういう大人になるのだろう?

 

〇家族とは何だろうか?(他人→成長→ )

 

〇家族のいない人は不幸か?

 

〇人間関係=家族のきっかけは何だったのだろうか? 意識して作った家族のベースは金銭?

 

〇罪とは? 〈罪の意識があるかないか〉 許される罪、許されない罪ってある?

 

〇社会的な善と悪の基準(?)は何か? 人に迷惑をかけない…?

 

〇是枝さんが、こっそり隠しているテーマは…結局なんだろう? (もしあるなら…)

 

〇リリー・フランキー(「治」(おさむ))は、なぜステテコが似合うのだろう? なぜステテコをはかせているのか?

 

 

 

問いを大きく4つに分けて、それぞれフリーに対話をした。(一部のみ記載

 

1 子どもたちの将来は?

 

●祥太は実の親に会いに行っただろうか?

 

●りんには亜紀と4番さんが二人で会いに行く? そこから新たな家族の物語が始まるのではないか。

 

2 家族とは?

 

●「犯罪でしかつながれない」家族には持続可能性はない。

 

●この家族には愛情と思いやりがあった。しかし、子どもたちに教育を受ける機会を与えていないのは、長い目で見た場合ゆるやかな虐待に当たるのではないか。

 

3 罪とは? 善悪とは?

 

●治(リリー・フランキー)のあの罪の意識の低さは何なんだ。無責任で、お気楽だ。それが彼のステテコ姿に現れている。自尊心の低さが根底にあると思われる。

 

●人の罪の意識の低さを糾弾するのは、宮部(池脇千鶴)の立場である。我々は線引きされた外側にいるにもかかわらず、安易に宮部のような立場(上からの立場)に立って、人をバッシングしていないか。

 

4 その他

 

●治と祥太は、雪と泥の混じった雪だるまを作った。その汚らしい雪だるまも翌日には溶けていく……

 

 

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

 

〇「亜紀」のこれからの物語に期待したい。対比として、新しい家族をどう作るか?

 

〇いろいろな考えが聞けて、とても楽しかった。女の子が外をのぞくシーンについて、「漠然とした未来」を見ているかと思ったが、是非、亜紀と池松君が迎えに来るPartⅡをみたい。治(リリー・フランキー)のその後の生活は?

 

〇家族を結びつけるものは何なのか?

 

〇ダメな部分も多少許容しながら、一緒に生きていくのも家族?

 

〇この家族は、虐待(表向き)はしなかったと言える。祥太とゆりにとっては、家族のそれなりの楽しい思い出が残ったとも考える。楽しい思い出、かわいがられたことは愛につながるのかどうか。その一方、教育を受けることができなかったことは虐待とも言える。

 

〇悪を行う人 /(境界線)/ ← バッシングする人(自分は無関係だと思っている)⇒(問題意識を持たない)  同じ社会にいる ⇒ 無関係ではない

 

〇皆さんが、映画の1シーン、1シーン、克明に覚えていることにびっくりしました。 哲学カフェのテーマになることが分かっていたら、もっと細心の注意を払って見ていたかとも思います。 テキストを一部分ずつ分析して読むことは慣れているが、映画は初めての体験でしたので、ついていくのがたいへんでした。

 

〇人によって、様々な見方が、受け取り方があるなという感心、というか感動。

 

 映画のテーマはディテール(小ネタ)に宿るのではないか。細かなところをよく見ることの重要性。

 

1本の映画にみんなで眉間にシワをよせ話し合う、楽しかったです。自分の姿が浮き出された作品でした。

 

 (記録:本間正己)

 

 

[第107回目の記録]テーマ「人間らしさ」

 

 

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107回目の人生カフェは、平成3097日(金)午前10時~12時、男性2名、女性2名、計4名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

この日のテーマは「人間らしさ」であった。

 

【リード文】

 

「人間らしさ」とは、何ですか?
「人間らしく生きる」とは、どういう事でしょうか?
「人間らしさ」について考えます。

 

まず各自に「人間らしさ」にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

人間らしい人ってどんな人?

 

温もりのある人は人間らしい人か?

 

人間らしく生きるとは自分らしく生きるということか?

 

人間と動物の違いは何か?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

 

テーマ「人間らしい人ってどんな人?」

 

「人間らしい」を考える場合、「人間」とは何か、「らしい」とは何かを考える必要がある。

 

「らしい」は、男らしいとか、母親らしいとかいった使い方をするが、これによって一定の枠に無理に当てはめようという圧力が生ずる危険性がある。

 

「人間らしい人」というと、温かくて思いやりのある人を浮かべがちである。

 

喜怒哀楽の怒や哀のようなネガティブな感情を持つのも人間らしいと言える。

 

揺らぎや迷い、苦悩があるのが人間らしい。

 

遠い未来を考えられるのが人間らしい。広く共同体を作れるのが人間らしい。

 

我慢するのも人間らしい。我慢できないのも人間らしい。

 

人間だもの。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想等を述べてもらった。

 

人間って奥深い。面白いと思いました。人間のプログラム(遺伝子)…興味が出てきました。

 

人間(=サピエンス)って何だ?は好きなテーマです。

 

喜怒哀楽を出したい時に出せたらいいなぁ。

 

やはり一人で考えたり感じたりしてよりは4人で考えたり感じたりした方が、視点や視線、思考、感情などなどが深まりました。

 

(記録:本間正己)

 

 

【哲学プラクティス連絡会第4回大会・ブース発表記録】

 

(平成30年8月25日(土)・立教大学)

 

 

 

 

 

問い「あなたにとって最高の価値とは何ですか?」

 

 

 

何人かの人に模造紙に書いていただきました。書いてくださった方、本当にどうもありがとうございました。

 

 

 

〇幸福  結局誰もが最終的には自分と他人の幸せを求めていると思うから。

 

〇幸福  安らぎのひととき おだやかな時間

 

〇生きる  おだやかに 心豊かに 静かに

 

〇愛  一番心が満たされるから

 

〇愛  幸福感、ドキドキ、せつなさ……いろんなものが詰まっている気がします。

 

〇平和

 

〇平和  平和ならば、仕事も、自分も、愛も保たれます。

 

〇心の平和  愛、幸福、真理…… 幸せな気持ちも、愛されているうれしさも、新しいことがわかったときのよろこびも、すべて「心の平和」につながっているから。

 

〇自由 共生

 

〇自由  私たちが最終的にもとめているものが幸福であるとしても、私たちはほかのものに最終的な価値をみとめて生きている。

 

〇充足

 

〇満足  自分を満足させることはとてもむずかしいことだ。しかし、満足したとき、とても深い。

 

〇快楽  共感、安心、満足する時に自分が抱くのは「気持ち良さ」「快楽」と考えたから。

 

〇ワクワク  ワクワクは伝染する、とてもハッピーな気分になる。

 

〇大切なのは愛なのはわかるが、欲(自分の本心)に気づきつつ、イキイキワクワク、心をオープンにすること。

 

〇元気に笑っていられること

 

〇個人がその人らしくよく生きること

 

〇一人一人にあった教育や生き方ができること

 

〇やりたいことができること したくないこともできること

 

〇他者との共感

 

〇誰かといること  一人ぼっちがいやだから……

 

〇会話

 

〇貢献

 

〇真理

 

〇時間と金

 

〇呼吸

 

〇自分自身

 

〇移動できること

 

〇人間の価値を考えると使命を持っていること

 

〇「最高の価値」とは何かを探求できる環境があること

 

 

[第106回目の記録]テーマ「顔」

 

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106回目の人生カフェは、平成30817()午後700分~9時、男性7名、女性2名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施されました。(進行:新妻弘悦)

 

今回のテーマは『顔』でした。

 

生物学的に顔は、ただ感覚器が集中した身体の部位に過ぎないにも関わらず、その個人を識別・認識する部位であり、感覚器の大きさや配列により美醜など人生を変えてしまう不思議な部位であること。また「会社の顔」「顔の見える連携」というときの「顔」とは、何を意味しているのでしょうというような、進行役の疑問から、対話はスタートしました。

 

対話の内容としては、

 

・美しい顔の基準とはなにか

 

・美しい顔は得か

 

・顔の整形手術はなぜタブーなのか

 

・顔で判断されるのは男女で差があるか

 

・表情で人間性は出るか

 

・テクノロジーの発達で、顔の意味が変わるのか

 

SNSで実名・顔写真を出す意味

 

などの問いを中心に対話を進めていきました。

 

 個人的には、「人の顔を覚えるのが苦手というのはどういうことか」「何かを批判する際に、当事者の顔を知っている/知らないでは、批判はどう変わるのか」など、お話したいことは、まだまだあった印象です。

 

鷲田清一先生の『顔の現象学』という著書があるものの、哲学カフェのテーマとしては、あまり馴染みのないものだったようで、参加者に戸惑いや新鮮さがあったようですが、いつものようにあっという間の2時間でした。

 

参加者のみなさん、人生カフェスタッフのみなさん、ご協力ありがとうございました。(記録:新妻弘悦)

 

 

 

 

 

[第105回目の記録]テーマ「バイオテクノロジー

 

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第105回目の人生カフェは、平成30年8月11日()午後時30分~5時、男性2名、女性1名、計3名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

 

今回は『いま世界の哲学者が考えていること』(岡本裕一朗著、ダイヤモンド社)の内、主に「第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか」を読む読書会でした。

 

まずは、この本を読んでの、各自の問いを出してもらった。

 

〇あなたは出生前診断で障害発生が分かった場合、生みますか?

 

〇あなたは可能なら自分の子どもをゲノム編集しようと思いますか?

 

〇人間の改造はなぜ許されないと思ってしまうのか?

 

〇相手がクローン人間であると、突然(偶然)に知ったとき、愛し続けられますか?

 

〇あなたは費用、安全性、有効性がクリアされれば、不老不死の薬を飲みますか?

 

〇再生医療が発展して、誰もがその治療を受けられるようになったら、貴方は治療を受けますか?また、どこまで治療を受けますか?

 

〇ポスト人間主義の「人間」とは何か?

 

今回は、参加者が少なかったので、一つのテーマに絞らずに、全ての問いに対してそれぞれにフリーに対話を行った。印象に残ったところだけ、記録しておく。

 

●技術が急速に進展している。これを止めることは難しい。倫理面が追い付かない。

 

●バイオテクノロジーを適用していけばいくほど、多様性が損なわれていくのではないか。誰もが優秀で、美しく、性格がいい人間になっていく?

 

●老いに対しては抵抗すべきか? 若返りの努力は必要か?

 

●生きることと死ぬことの意味(死生観)が改めて問われることになる。

 

●結局は金持ちだけがバイオテクノロジーの恩恵を受けられるのではないか。経済力の差がもろに出る。

 

●他人がその本人の意志も確かめられない段階で勝手に操作することに問題性がある。

 

●「自然的に生じたもの」と「技術的に作られたもの」との違いは何だろう。

 

●自然の進化のスピードをはるかに凌ぐ進化を人間は人工的に作り出している。

 

●カントは神から人間中心へと転換させ、ニーチェは人間を超える「超人」を構想した。 それらは「概念としての人間」の話だ。

 

●今や「生身の人間」の終わりが近づいているのかもしれない。ホモ・サピエンスの時代は終わろうとしているのかもしれない。

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

 

〇人間は生命を持った情報処理体と言えると思っていたが、IT革命とBT革命を経た後の人間はどういう存在なのか……と考えさせられる。ま、私が生きている間は、どうでもいいことだけれども()

 

BTは人間の生物学的デザイン、ITは人間の社会学的デザインを行う、と話の途中で思いましたが、超人やAIなど人間を超越したものが出た場合、そうしたデザインの決定権は超越者(ポスト人間)にあるのかもしれないと思いました。

 

⇒そこで、人間がやるべきこと~ポスト人間との共存の道を探る? 家畜(商品)としての幸せ追求? 家畜(商品)としての自己実現? 被支配者の人生になるのか?

 

〇人間の責任というのはあるのだろうか? IT,BTについて。次世代に対して。

 

 「自然」と「技術」の問題は考えていきたい、大きな問題だ。

 

 (記録:本間正己)

 

[第104回目の記録]テーマ「寂しい

 

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104回目の人生カフェは、平成3083日(金)午前10時~12時、男性2名、女性2名、計4名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

この日のテーマは「寂しい」であった。

 

まず各自に「寂しい」にまつわる問いを出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

一人でいてさびしい・さびしくない

 

大勢でいてさびしい・さびしくない

 

この「さびしい」と「さびしくない」の違い(原因)は何にあるのか?

 

「さびしい」はよくないことか?

 

さびしいの反対語は?

 

「寂しい」「淋しい」どっち?

 

「寂しい」「淋しい」はどう違う?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

 

テーマ「一人でいてさびしい・さびしくない

 

大勢でいてさびしい・さびしくない

 

この「さびしい」と「さびしくない」の違い(原因)は何にあるのか?」

 

「寂しい」は、景色が寂しい等、客観的な感情。「淋しい」は独りきりで淋しい等、主観的な感情に使われる事が多いように思う。

 

さびしさは、心もとない感じからくる感情か?

 

さびしさの元には、孤立感・疎外感・仲間に入れない、他者との関係性があるのでは?

 

さびしい感情は、その時間を「楽しめているか?」「楽しめていないか?」、「充実しているか?」「充実していないか?」が関係しているのでは?

 

「帰れる場所(placeではない)」「心のよりどころ」の有無が、さびしさに関係しているのでは?

 

外国に独り旅をしている時のホームシックは「帰れる場所があるからこその」さびしさでは?

 

「拠りどころ」という言葉からは、頼りたい、頼られたいという感じを受ける。

 

仲間は心のよりどころに成り得る。

 

「さびしい」でも一人称・二人称・三人称で分けて考えてみることが必要か?

 

一人称「私がさびしい」主観的

 

二人称「あなたが居なくて、私がさびしい」他者との関係性(もう一人の自分との関係性も含まれるか?)

 

三人称「(独居老人等に向かって)あの人はさびしそう」客観的

 

日曜日のサザエさんの始まる時間に感じる「さびしさ」や夕日を見て感じる「さびしさ」は、一人称のさびしさか?

 

主観的にはさびしさを感じていないのに、ふとした瞬間に自分が三人称的視点で自分を見て「さびしい」と思うことがある。

 

一人で読書している楽しい。「でも、休日に一人きりで本を読んでいるなんて、私はさびしい人なのでは?」

 

現代の若者は、上記の自分の中の三人称的視点(自分で思う自分のあるべき姿とのギャップ)で「さびしさ」を感じることが多いのではないか?

 

無人島で最初からたった一人だった人(他者の存在を知らない人)は、さびしさを感じるのか?

 

本当の「心のよりどころ」はあるのだろうか?

 

宗教等の「心のよりどころ」を持っている人でも、さびしさを感じることは有る。人間として自然な感情なのでは?

 

「さびしさ」の持続時間が長過ぎると、病的・不健康になるのでは?

 

持続時間の短い「さびしさ」は、健康的な感情か。

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

「寂しい」は自然な感情。持続時間を意識したいです。

 

生体にとっての侵襲センサーさびしさに敏感になろう!

 

さびしいとは何だろう。今後は「健康的なさびしさ」を考えてみたい。

 

淋しいと思うときがあってもいい。人間だもの。

 

(記録:髙橋あずさ)

 

 

 

[第103回目の記録]テーマ「IT革命 

 

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第103回目の人生カフェは、平成30年7月28日()午後時30分~5時、男性6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

 

今回は『いま世界の哲学者が考えていること』(岡本裕一朗著、ダイヤモンド社)の内、主に「第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか」を読む読書会だった。 

 

 

 

この本を読んでの、各自の問いを出してもらった。

 

AIに何をしてほしいか?

 

AIにできないことは何か?

 

AIに欲求を持たせられるのか?

 

AIは人間の定義を変えるか? 変えるとすると、どのように変えるか?

 

〇人と人との関係が全てAIで規制されるとしたら、人間の生死を含む存在はデジタル化されるしかないのか?

 

〇人間の仕事(価値)がAIにより置き換えられていく。⇒人間はどんな新たな価値を創り出していけばよいのか?(=人生の意味)

 

facebookgoogleが情報を集めている真の目的は何か?

 

facebookgoogleを裏でコントロールしているものはいるのか?

 

〇人間社会の管理を全てAIに任せた場合、AIは人間の生死を決定するまでになるか?

 

AIを民主主義に活かせるか?

 

〇監視社会、AI、インターネット~囲われた自由であっても、幸せならよいのでは?=苦が少ない、快ならよいのでは?=何かを求め、それが大きな苦にならない。

 

〇①構築主義、相対主義 ≠ ②古典実在論

 

  新実在論=①+② ? 

 

 

 

今回は一つのテーマに絞らずに、主にAIと監視社会について、フリーに対話を行った。

 

AIに哲学的な問いをしてみたい。(例えば、「あなたが存在している意味は何ですか?」)

 

AIが悪用される危険性は高い。民主的なコントロールは可能か? ここでも最終的には政治の問題が浮かび上がってくる。

 

●宗教には、人間の間違いを認めるとか、許すといったことが組み込まれてある。AIには、この許すといったことが可能だろうか?

 

AIは過去のビッグデータから正確、公正な判断を下すことは得意である。しかし、新しい状況における未来へ向けての判断はどうだろうか?

 

AIへの人間の依存度が高まっていくことにより、AIに人間が支配されていくことも増えていく。 

 

 

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

 

〇個人の情報を捕捉されないようにすることは、現実的には困難であるという前提に立って、行動するしかないと実感した。

 

〇真実の姿よりも、今の自分にどう役立つかを考えた方が、効果的だと思う。

 

〇時事的に進行している状況論と存在論を結びつけることは難しい。むしろ、文学等で表現する方がよいのかも? それが正しいかどうかは別として。

 

文学はメソッドとして必要。必ず死ぬということを探求するのが文学。

 

AI、監視社会  安全を担保する方法は?

 

 人間とか社会の目的をはっきりさせる事が大事

 

AIという新しく、優れた「他者」が出現し、成長していく。人類(ホモサピエンス)はどうなるのか? (cf.高度な文明の宇宙人との出会い?)

 

〇皆さんと議論することで、

 

 AIに対する認識、考えるネタが広まりました。→一歩引いてAIとつき合いたい。

 

 結論は出ませんが、AIを材料(サカナ)にして、「人間とは何か?」を考えていきたいと思います。

 

 (記録:本間正己)

 

[第102回目の記録]テーマ「最高の価値 

 

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102回目の人生カフェは、平成30720日(金)午後7時~9時、男性4名、女性2名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 

この日のテーマは「最高の価値」であった。

 

まず各自に「あなたにとって一番の価値は何ですか?」という問いについて考えてもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

幸福

 

主体(性)

 

安らぎ

 

表現

 

命(自分の)

 

愛??(まだ分かりません)

 

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

人類共通の最高の価値とは何だろう?

 

自分の命より大事なものは最高の価値か?

 

最高の価値は変わらないものか?変わるとしたらなぜ変わるのか?

 

価値を決めるのは誰ですか?

 

人は誰もが価値を求めているのだろうか?

 

価値と価値観の違いは?

 

ゆるせる価値観(感)の違いと

 

ゆるせない価値観(感)の違いは何が影響しているのだろうか?

 

なぜ人は最高(究極)の価値を追い求めるのだろうか?

 

以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

 

価値は誰がどうやって決めるのか?

 

価値自分の中に確固としてある宝石のようなもの

 

価値観自分の考え方

 

宗教が背景にある自爆テロ信仰が命より大切な最高の価値。果してそうなのだろうか?

 

価値は人によって違うもので、普遍的ではないのでは?

 

人類に共通の、普遍的な価値はあるのではないか

 

動物は価値を求めない。人間のみが価値を求めるものではないか?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。テーマ「価値を決めるのは誰ですか?」

 

価値を決めるのは自分である。

 

自分の持っている価値は、周囲からの刷り込みが多分に含まれているようでモヤモヤする。

 

純粋な「自分オリジナルの価値」はあるのだろうか?

 

その人を取り巻く自然や環境が、価値を生み出す。

 

環境・メディア・宗教等の刷り込みは、自分の価値に影響を与えているものの1つではあるが、そこから何かしらの価値を選び取るのは、あくまでも自分ではないか?

 

生い立ちや環境、国などの状態によっては、自分の意志で価値を選び取れない人も存在する。そういう状況の人に対して「全ては自分が決めたこと(自己責任論)」は、かなり厳しい。

 

同じ環境に居ながら、個人で価値観が違うのはなぜなのか?

 

多様な価値観を持てるか、持てないかは、情報量の差が関係しているのではないか?

 

情報量と受け入れ側の状態で多様化が進むのではないか?

 

信仰を持っている(自分の中にたったひとつの最高の価値を持っている)人は、とても幸せそうに見える。

 

「自分の中の価値」と「社会・世間の価値」を自分で統合しているのでは?

 

風土や環境が価値を決めているのかもしれない。

 

自分を取り巻く環境にフィットしない価値観を持っていると、自然と淘汰されていくのではないか?

 

西欧の近代以前、中世は価値は神が決めるものであった。

 

時代の流れの中で、価値を決める絶対的な神を信じることができなくなった。

 

現代では「自分にとって自分が神である」状態相対化?

 

価値を「受け入れる」のは自分。(「決める」では無い)

 

人類共通の絶対的な価値を決めてしまうと、それは宗教になってしまう。

 

人類に普遍的な価値は「自由」か?

 

人類全員の自由を認めたら、世界が大変なことになってしまう自由を認め合うことが大切か?

 

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

価値とは何だろう?あらためて人間関係や対話の中で今後発見し、探求したい!

 

いのち、自分、神、主体性など何だろう?

 

普遍的なものを求めずに平和になることは出来ないのだろうか?

 

今は平和に向かっているのだろうか?

 

難しい。命、生命基準のような

 

価値は自分で決める?

 

「自分」が価値を決めるとは言い切れないところがもどかしい!価値の一元化も、価値の多様化も危ういところがある。今のところは自分と他人の幸福を考えることを基礎に置きたい。

 

難しい問いでした。「自分が決める」、この「自分」はどこにあるのか?どう形成されているのか?モヤモヤしました!!

 

(記録:髙橋あずさ)

 

 

 

 [第101回目の記録]テーマ「運命の人

 

 

 

 

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101回目の人生カフェは、平成3076()午前10時〜12時、男性2名、女性4名、計6名で、カフェ・ミヤマ高田馬場駅前店にて実施された。(進行役:高橋あずさ)

 

 この日のテーマは「運命の人」であった。

 

(リード文)

 

「運命の人」に出会った事はありますか?

 

 「運命」とは何でしょうか?

 

 七夕の前日、美味しいコーヒーを片手に「運命」に思いを馳せてみませんか?

 

 

 

 最初に、「あなたにとって運命の人は誰ですか?」と参加者に尋ねた。その答えは、「妻」「配偶者」「母」「子ども」「ブルース・リー」などであった。

 

  次に、各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

〇運命は本当にあるのか?

 

〇何をもって運命と言うか?

 

〇「運命の人」とは、いい人か、悪い人か? 

 

〇「運命」と「宿命」と「使命」はどう違うのか? 

 

〇運命には抗(あらが)えるか?抗えないから運命というのか? 

 

〇運命と信じることは幸福OR不幸につながるか?

 

  今回はテーマを一つに絞らずに、以上に出されたものを踏まえて、フリーに対話を行った。 

 

●「運命の人」というと、少女漫画の中の王子様のイメージがある。「出会い」の中にロマンティックやドラマティックなニュアンスが含まれている。 

 

●「運命」の反対語として、「意志」や「努力」というのがある。運命とは、人間の意志や努力を超えたものを指している。 

 

●運命の人とは、後から振り返って分かるものである。自分に大きな影響を与えた人である。 

 

●出会いとは必ずしも受け身的というわけではない。自らがアンテナを張っていたり、センサーを働かせていたりといったことから生じることがある。 

 

●運命とは、その捉え方が主観的な感じがする。中立的に見れば、それは「偶然」と言う方がいいかもしれない。偶然の反対は必然である。 

 

●いい出会い、いい運命には感謝の気持ちが湧く。それはいいものを与えてくれた神や天に対する感謝か? それともいい結果そのものに注目しての感謝か? 

 

●冷静に見れば、物事は、運命によるというよりは、統計的・確率的に生じているのではないか?

 

   

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。 

 

〇運命~主観~神・天   偶然~客観~確率 

 

 物事をどう見るか? どうなのかな…? 

 

〇運とは自分で切り開くもの。それで自分が成長できたら運命となる。 

 

〇「出会い」の先を考える⇒育てる、修正するなど。 これは中高年らしい。 

 

〇自分の運命は自分で変えられるか? 

 

〇運命はあるかないか、と考えるより、無数の偶然から自分なりに価値を見つけて大切にしたいです。たのしかったです。 

 

〇人間とは、運命という幻想を見たがる存在である。なぜなのか?

 

 

 

(記録:本間正己)

 

 

 

 [第100回目の記録]テーマ「  中高年の人生にとって幸福とは?

 

 

 

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100回目の人生カフェは、平成30623日(土)午後1時半~5時、男性5名、女性6名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 

 この日のテーマは「中高年の人生にとって幸福とは?」であった。

 

 まずは各自に「幸福に感じる時はどんな時?」という問いについて考えてもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

 ・ラーメンを食べている時

 

・家族に感謝の気持ちを持った時

 

・人生カフェ 100!

 

・仕事や家族に感謝された時

 

・懐かしい友達がどうしているかなーと思っているときに、ちょうど連絡が来た時

 

・これだ!これが食べたかったって時

 

 初孫が生まれた時

 

子供が生まれた時は養育の責任。孫が生まれて世代がつながった。長い人類の歴史の流れの中に、自分を位置づける実感を得られた。

 

日常の中通勤途中、おいしいもの

 

非日常の中旅行、ライブなど

 

さいなことでふとした時に幸せを感じることが多い。

 

・人に優しくされた時。

 

・給料日でお金を見た時。

 

・休みの日になった時。

 

・美味しいものを食べているとき。

 

・絵本を読んでいるとき。

 

・人生カフェ100回に参加したこと。

 

 ・カニクリームコロッケを食べている時。

 

・電車で子供たちが遠足に行く事を見た時。

 

・寝ている時。

 

 ・自立を実感できてる時。

 

・健康を感謝している時。

 

・いのちのつながりを実感できている時。

 

・ゴスペルを歌っている時。

 

・青い空と雲を眺めている時。

 

・子ども(特に赤ちゃん)の笑顔を見ている時。

 

・美味しいものを食べている時。

 

・家で一人でゆっくり好きなことをしている時(猫を侍らせつつ)。

 

・仕事でうまくいった時。

 

・気の合う人と話が弾んでいるとき。

 

・お酒をのみながら、楽しみにしていた録画を見ているとき。

 

・温泉旅行で四季の自然にふれるとき。

 

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

 

出されたものは以下の通りである。

 

 中高年に特有な幸福とは何だろう?

 

幸せを感じる条件は何だろう?

 

幸福はそれを求めて努力すべき目的だろうか?

 

 どんな生い立ちの中高年でも幸福を感じる事はあるのか?

 

 幸福な人生とは?

 

どう生きたら幸福になれるのか?

 

 幸福は幻のように感じませんか?

 

終活の幸福とは何か?

 

 中高年にならないと味わえない幸福とは何か?

 

人生を積み重ねることによって幸福の感度が変わるのか?

 

幸福=幸せ=喜びになるか?

 

 以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

 

幸せ・喜び・幸福は違うのか?

 

喜び一瞬。  幸せ・幸福持続する。

 

 幸せ自分の気持ち。  幸福色々な人の幸せを定義するもの。

 

幸福の要素

 

自分の役目を果たせた時。

 

食の満足感。

 

健康を実感できる。

 

人生を肯定できる嬉しさ。

 

誰かから、求められている・必要とされている。

 

繋がっている感。

 

いのちのつながり。

 

中高年になる事により、幸福に対する価値観が変わってくるのでは?

 

中高年と若者では、幸福に対する感度・レベルが異なるような気がする。

 

幸福幻・実態がない?

 

 幸福は目的ではなく、今やるべき事にひとつひとつ取り組んでいった結果ではないだろうか?

 

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった.

 

テーマ「幸せを感じる条件は何だろう?」

 

 幸福を感じられる要素お金・経験・生理状態・思い込み

 

お金は生きていく上である程度は必要だが、そのお金を「どう手にいれるか?」も大切ではないか?

 

生きるか死ぬかの瀬戸際に居ない最低条件か?

 

中高年になる事(経験の積み重ね)により、幸福に対する感度が上がるのでは?(些細な事を幸せと感じる能力がついてくる)

 

どんなふうに歳を重ねた人が幸福なのか?周りへの気遣いが自然と出来る人は幸せに思える。

 

子供も幸福に対する感度が高い。

 

若者競争・優越で幸せを感じることが多い。SNS等の繋がりの中に幸福を感じる?

 

自分の気の持ちよう(思い込み)が、幸福に関係するのでは?=幸福は主観的なものである。

 

幸福の条件自分の達成感・他者からの承認中高年になると、これを感じられる機会が減っていく。

 

年齢相応に歳を重ねる事が大切では?精神年齢が子供のまま歳を重ねている人は気の毒。

 

寝たきりの人・重度重複障害者・認知症患者幸せではないのか?

 

幸福の条件として「人との繋がり」はとても重要である。

 

「人との繋がり=幸せ」刷り込みでは?一人で居ることの豊かさもある。

 

若者は、色々な人と出逢う機会が少なく、価値感が硬直化しやすいのでは?

 

主観的な幸せのみでは、幸福感を感じる事が出来ず、必ず社会からの承認を必要としてしまうのは何故か?

 

子育てや介護等の、無償の他者貢献に、幸福のヒントがあるように思う。最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

 

・幸福と承認

 

・主観と評価

 

・他者貢献

 

・寝たきり、認知症、障がい者の幸福

 

いろいろな疑問が生まれました。

 

結論、あまり深く考えないで生きたい。

 

自分と周りの循環がバランス良く回っている状態

 

自分社会、自然、人

 

(つながり・お金・エネルギー・食べものなど)

 

全ての人が幸福を追求できる社会とは?(循環する社会とは?)

 

とても楽しかったです。ありがとうございました。

 

いままで経験したことは、幸福につながるような気がしてきました。

 

中高年になって残された時間は少ない

 

これをベースにものを考える

 

されど実際の生存年数は予想外に永い

 

焦って結論を出そうとするとまちがえる

 

中高年でも幸せになれる。

 

幸せになっていい。

 

死ぬまで続く幸せの旅

 

毎日幸せと感じるだけで、新しい一日が始まる!

 

 社会からの承認<自分が思う幸せ  中高年の幸福

 

何歳になっても人は悩んでる。

 

・幸福の条件付は、トシを取るほど下がる。

 

・期待を手放すことが幸福につながる。

 

自立感が幸福感につながる感じがします。

 

新たな問い:幸福とは、今を生きることか? 人生全体を肯定することか?

 

 *人生カフェはこれからも淡々と続けていきます。よろしくお願いします。

 

(記録:髙橋あずさ)

 

 

 

[第99回目の記録]テーマ「 主体性

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2018615日(金)に、いつもの東京都新宿区立消費生活センター分館にて、99回目となる人生カフェ(1921時)が開催された。(進行:新妻弘悦)  

 

 あいにくの雨ではあったが、男性7名、女性3名の計10名で行われた。

 

 

 

 この日のテーマは「主体性」

 

 

 

 全員の簡単な自己紹介の後、進行役から、教育現場における「主体的で、対話的な学び」が導入されていることや、なんとなく「主体性」はよいことであるとされているが、もう一度問い直してみたいという旨の、テーマ設定の趣旨の説明の後、全体での対話となった。

 

 

 

 様々な論点があったが、 

 

 

 

・主体性にも「よい主体性」と「悪い主体性」があるのではないか?

 

・主体性には責任が伴うのではないか?

 

・主体性を教える、引き出すことはできるか?

 

・自主性と主体性の違いは?

 

・主体性の対義語は、「客体性」?「受動性」?

 

・教育現場の主体性、医療現場での主体性 

 

 

 

などなど、対話は多岐にわたった。

 

 

 

自己紹介の際に、参加者の一人から、「主体性はよいイメージしかなくて、論じる問いなど出ないのではないか」という危惧があったが、個人的にはあっという間の2時間であった。

 

 教育現場で「主体的で、対話的な学び」を促すために、「哲学対話」を導入する学校が少しずつ増えてきている。個人的にそれは、歓迎されることであるような気がしているが、若干の違和感もある。その違和感を明らかにするために、一度「主体性」について考えてみたいと思い、今回このようなテーマを設定してみた。

 

 もう少し、テーマや問いを練り直して、また対話に挑みたい思う。

 

 参加者のみなさん、人生カフェスタッフのみなさん、ご協力ありがとうございました。

 

(記録:新妻弘悦)

 

 

 

 

2015年7月18日 (土)

人生カフェの記録

ご感想があればコメント欄に投稿してみてください。

[第98回目の記録]テーマ「 哲学の最新キーワード

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第98回目の人生カフェは、平成30年月9日()午後時30分~5時、男性名、女性1名、計6名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『哲学の最新キーワードを読む~「私」と社会をつなぐ知~』(小川仁志著、講談社現代新書)を読む読書会でした。

 

本書の12のテーマから、今回は3つを選んで対話をすることにした。

[1] ポピュリズム(政治は感情に支配されるのか?)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇感情

〇感情を飼いならす

〇反知性主義

〇多元主義の排除

〇ナショナリズム

〇共通の敵

♦フリーな対話(一部のみ)

●政治家が大衆にある程度迎合するのは当然のことである。

●権力者が大衆に迎合するのではなく、大衆を操作しようとする。これが怖い。現代にもみられる。

●感情に流されるというのは、自分の頭で考えることをサボっているということである。楽をしようとしていることである。

●操作する側は大衆が飛びつきやすい、甘くおいしいメニューを並べてくる。

●ポピュリズムの成功した体現者にはカリスマ的なキャラクターがある。

●ことの善悪ではなく、美醜に訴える。五官に直接訴える。服装(制服)とか、見た目とか…(ヒトラーの例)

●ポピュリズムに対抗するにはもっと前頭葉を活発化させなくてはならない。異なる考えの人たちと接することが大切である。

[2] ニュー・プラグマティズム(積極的な妥協が対立を越える)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇プラグマティズム

〇何でプラグマティズム

〇役に立つ(実用的)

〇習慣

〇素人知と専門知

〇プラグマティズムは少なくともその都度共同体にとって求められる正しさを確定する力を持つ。

♦フリーな対話(一部のみ)

●プラグマティズムにおいては経験のすり合わせが重要になってくる。

●プラグマティズムには、とにかく行動してみる、やってみたらいい、といった考えがあるのではないか。(トライ&エラー)

●プラグマティズム(実用主義)と功利主義~実際の世の中はこれで回っているのではないか。理念上は破綻している理論かもしれないが…。

[3] 超監視社会(プライバシーなき時代を生きる)

♦各自から自分にとってのキーワードを出してもらった。

〇私の「自由」とは?

〇安全と自由の二項対立+利便性

〇「サイバー茹でガエル現象」

〇パノプティコン

〇つながりと閉じこもり

〇人間と道具の関係

♦フリーな対話(一部のみ)

●引きこもりのように、狭い世界に閉じこもりながら、インターネットなどで広い世界と繋がっている。

●フェイスtoフェイスの生身の人間同士の関係が少なくなっている。

●ネット上の匿名性には危険が伴う。人を傷つけたり、犯罪と結びついたりする。

 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

〇哲学とは別の話

〇プラグマティズムとは、全ての人に良い結果ではない。むしろ、必ず少数の人にとっては悪い結果が前提である。

〇4群の多項知を自らに取り込んで、理性のアップグレードを果たす。限りなく難しい。一つ一つの場面で、判断を繰り返すしかない。

〇理性のアップグレード。理性〈テーゼ〉⇒非理性(感情)〈アンチテーゼ〉⇒理性〈アウフヘーベン〉

〇楽をしてはいけない。それができなくても、少なくとも異なった考えの人との対話を欠かさない。

〇自分で勉強して得た知識・見解を話して、かつ他の人の話も聴くことは楽しいと思いました。AIでは味わえないでしょうね。

 (記録:本間正己)

 

[第97回目の記録]テーマ「 価値

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97回目の人生カフェは、平成3061()午前10時〜12時、男性2名、女性3名、計5名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:高橋あずさ) 

 この日のテーマは「価値」であった。 

(リード文) 

「価値」とは何か? 

「価値」は誰が決めるのか? 

「価値」について考えます。 

 最初に、「あなたにとって一番の価値は何ですか?」と参加者に尋ねた。その答えは、「自由」「愛」「幸福」「健康」「自分」と5人バラバラだった。 

  次に、各自にメインテーマに繋がるサブテーマを問いの形で出してもらった。 

出されたものは以下の通りである。 

〇価値が高い、低いとはどういうことか? 

〇価値に基準はあるか?何を基準に価値をつけるか? 

〇価値とは認め合うことか? 

〇人間の価値はどのように決まるのか? 

〇自分自身が存在する(生きている)ことの価値とは? 

 次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。 

 テーマ「人間の価値はどのように決まるのか? 

●自分の価値、私が接している他人の価値、人間一般の価値……、レベルによって価値の様相が異なる。 

●自分の価値は自分で決められるか? 

me first (私が一番)ということ。 

 my first ではない。自己中心的ではない。 

●自分の価値観はほとんどが他人の価値観を取り入れたものではないか。世間の価値観が相当に刷り込まれているのではないか。 

●自己統合するのは自分である。今までの人生経験からフィットするもの、納得するもの、楽しく気持ちがいいものなどを自分に取り入れて、統合していく。 

●自己肯定と自己価値~自分に価値があると思えれば、自己肯定できる。 

●一般価値と固有価値~世間一般が認める価値と自分だけに固有な価値とはズレている方が多い。 

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。 

〇「価値」を大事にしたい!(認めたい) そのプロセスでした。ありがとう! 

〇価値の考えは人それぞれ、それぞれの価値を認め合って自分の価値を高めていきたい。 

〇価値とは、生きる原因であり、目的であり、エネルギー(推進力)である。 

「豚に真珠」とは何か? 

〇価値についてよく考えた時間でした。一般価値、固有価値、ズレはある。ここが大切ですね。 

〇一般価値と固有価値のバランス、両方持っていて当然という考えは、今後何かを決断する時にとても使える考えだと思いました。自分の悩みについて解決してもらったような話になり、テーマを少しそらしたかと思います。すみませんでした。

 

(記録:本間正己)

 

[第96回目の記録]テーマ「 はじめての哲学的思考

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第96回目の人生カフェは、平成30年月26日()午後時30分~5時、男性名、女性3名、計名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

今回は『はじめての哲学的思考』(苫野一徳著、ちくまプリマー新書)を読む読書会でした。

まず各自からこの本を読んだ上での問いを出してもらった。

「本質」とは何か

「哲学的思考」とは? 例えば、「哲学的思考」と「哲学対話」の違い?

○(本質観取をやってみよう~「恋」とは何か?~)をやってみた結果、取り出せたものが、さほど感動できない(ピンとこない)のはなぜだろう?

○「欲望」とは何か? 欲望と意味とは同義であるかのように言っているが、欲望と意味とは同じなのか? 信念は? 欲望よりはさかのぼれない?

○意味の世界は欲望の世界、信念は欲望の別名、とは言い過ぎではないのか?

○確信・信憑が「思考の出発点」ということでよいか? ⇒ 確信・信憑は「主観」である。 ⇒

 ならば、「主観」が「思考の出発点」ということか?

○「自由の相互承認」の「自由」とは何か?

以上の中から、まずは「「本質」とは何か?」を入り口として、フリーな対話を開始した。

●本質(エッセンス)とは、「そのもの足らしめている決定的なもの」である。

●本質は、文脈、観点、欲望などによって異なってくる。

●本質は、定義ではない。事実ではない。真理ではない。

●定義とは、他と区別するためになされるものである。

●定義は、先に行わるもの(演繹的~例:整数をnとする)と、後に行われるもの(帰納的~例:恋とは〇〇というものである)がある。

●本質は、事実そのものでなく、意味の世界のものである。

●本質は、共通了解とは無縁の、絶対的、不変的な真理のようなものではない。

●「欲望」よりさかのぼると、人間には「知覚」というものがより根本にあるのではないか。

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

○本質とは、人間として、できるだけだれもが納得できる、その「経験」の意味

○本質観取は、ひとりで考えたことをみんなで考え直すこと

○本質観取はひとりで考えるより、みんなで考えること。

本質は共通了解を探っていくことだと改めて認識できた。

超ディベートは少し弁証法的なのだと感じた。でも競技ディベートより平和的で良いなぁと思った。

私ももっと苫野さんには平和的な言い方をしてほしいなーと思った。

○この本は多くの重要なテーマが含まれていた。

今日、話題にならなかった欲望と意味の話

ニセ問題とはどんなものかなど。

別の機会に話したいと思った。

(でも本を読んでないと共通の話題は難しい)

○苫野氏の文に少し苦手なところがあった。 「鋭い読者のみなさん……」ほか6カ所

自分の欲望のせいか?

○意見交換や、他者の疑問を共有し、自分でも思索することで、本書の理解が、多角的で深くなった。(身体知化した)

 (記録:本間正己)

 

[第95回目の記録]テーマ「 囚われ(とらわれ)

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第95回目の人生カフェは、平成30518()午後7時〜9時、男性6名、女性3名、計9名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:比良正彦)

この日のテーマは「囚われ」

リード文

「囚われ」この正体が見えれば、いいことにつながる気がします。

囚われとは何か?

○○は自分の信念なのか、こだわりなのか、囚われか?など

頭に浮かんだモヤモヤを問いのかたちで出しあい、それを皮切りに対話を進めます。

何かが見えてくるか?

どんな新たな問いが生まれてくるのか?

まず各自からメインテーマに繋がることを問いの形で出してもらった。

〇信念と囚われの違いは何か?

〇囚われと信念は違うのか?

〇囚われとこだわりの違いは?

〇どんな囚われがありますか?

〇なぜとらわれるのか?

〇囚われに気づく時はどういう時か?

〇とらわれる事は悪いことか?

〇囚われは自分で持つのか?自分の外からもたらされるのか?

〇成長したい、よくなりたい、囚われは、刷り込みか?

〇囚われは意思の力なのか?

〇当人から囚われと思い込めば囚われで、当人がもう乗ってれば囚われではない?

〇何事にも囚われない状態はあるのか?生きている事は何かに囚われることか?

〇囚われるをとらえるとするとどうだろうか?

〇囚われとは何かの不自由を感じるが止められないコト?

〇他人の評価が気になることと囚われの関係は何か?

〇囚われは生きていく上で必要か?

〇人の考えに囚われながら生きていくのは良いことか?

囚われから脱するには?どうすれば良いか?

〇囚われにどう付き合っていくのがいいのかいいのだろうか?

〇心がとらわれている時、体はどうなっているか?

これらの問いをゆる~く、

「実態」⇒「原因」⇒「対応」の流れを意識しつつ、対話。

最後に対話を通しての自分なりに気づいたこと、新たな問い、感想等を述べてもらった。

・ 囚われ 本当の欲望・気持ちを隠したごまかしの安定スペース なるほど、だから止められない。

囚われそのものをどうにかしようとするより本当の気持ちを「見る」のが突破口なのか?

囚われとは何かますますモヤモヤになりました! 今後の日常生活の生きるヒントになればと思います。

枠を持ちながら、枠を変化させていく、時には枠からはみ出る。

囚われの捉え方が広まった。メカニズム、メリット・デメリットそれらがなんとなく整理できた。

囚われと自己評価の関係

●1つのテーマから様々な意見が出て興味深く聞けました。見方はいろいろあると学べました。

とらわれる事の良い点と悪い点に気づきました。

囚われからは離れられないが、自由に関わるにはどうしたら良いか?

「生きることにとらわれている」という意見があったが、「囚」と言う字は本当に良くできていると思った。

  (記録:比良正彦)

 

[第94回目の記録]テーマ「 主に生きがい、それと死にがいについて考える

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94回目の人生カフェは、平成30512()午後130分〜5時、男性4名、女性4名、計8名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)

 この日のテーマは「主に生きがい、それと死にがいについて考える」であった。

 まず各自に現在の「自分の生きがい」を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 ◯哲学カフェ・哲学対話

 ◯銭湯ラン

 ◯そもそも生きがいと言うことが何なのかがわからない。

 今最近興味があること(マイブーム)というと「こどもの哲学対話」

◯子供…と言えるのか?自分か?

100歳以上健康的に楽しく生きること

◯重い意味の生きがい:なし

軽い意味の生きがい:家族

◯子供の成長(期間限定)

◯好き勝手に時間を使えること

その後、以上の事を踏まえて、メインテーマに繋がるサブテーマを、問いの形で出してもらった。

出されたものは以下の通りである。

◯死ぬまでにしたいこと。それってどう意味があるのか?

◯生まれた時は「生きがい」なし。

いつ(成長過程)「生きがい」が生まれるのか?

どう変化するのか?

それはどうして生まれるのか?

◯あなたの人生のストーリーは何ですか?

◯重い生きがいは必要か?

生きがいのない人生は無意味なのか?

◯・生きがいとは何か(もやもや)

・生きがいとは使命()なのか?

・生きがいとは個人的なものか社会的なことか?

◯「生きがい」自然と生まれるものか?自分で作るものか?

◯生きがいがある人は幸せになれるのか?

生きがいと趣味は一緒?

◯結局はすごく個人的で身近で小さな楽しみ/目標のようなこと?

しかもけっこういっぱいある?

以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

●生きがい…生きる張り、幸せ、意義(広辞林)

●「生きがい」軽⇄重のグラデーションがある

●軽い生きがい…日々感じる楽しみ、マイブーム等

重い生きがい…生物学的使命や、社会的使命、生きなきゃいけない理由等

●使命感は生きがいにつながるか?

●生きがいは自分で作るものか?

●生きがい…ストーリー、神話、ナラティブ

●生きがい…人生を貫くテーマ

●生きがいの有無は、幸福感に関係してくるのか?

●生きがい…楽しい、心地良いだけではダメなのか?

生きがいは苦しみとセットという感覚は、刷り込みではないだろうか?

●生きがいは個人の感覚に根ざしていること

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「重い生きがいは必要か?生きがいのない人生は無意味なのか?」

●生きがいという言葉…入れ込んでる感がある

●生きがいが無く、ただ生きているだけではダメなのか?

●重い生きがい=責任・使命・役割

●生きがい…人生を貫いているもの(生きる上での自分の軸)

●生きがいの源はいくつもある

●生きがい…

 ・熱中できるもの夢中になれるもの(自分の為)

・自分が必要とされている感、相手に喜んでもらうこと(相手のため)

・達成感(自分のためでもあり、相手のためでもある)

●重い意味の生きがい…ストーリー。自然に生まれるもの。失ったら生きる意味がないもの。(中長期的であり「苦」と「楽」がセットになっている)

軽い意味の生きがい…生きてる上での楽しみ、張り合い。(短期的であり「楽 」の側面が強い)

●生きがいを重い・軽いに分けることに違和感を感じる

●他人がいないと生きがいは生まれないのか?

●「他人の喜び」と「自分の喜び」どちらにも偏らない、その両方のバランスの中に生きがいがあるのではないか?

●「他人の喜び」を確認する術は無い…よって自己満足なのではないだろうか?

●自己満足からの行為でも、他人のフィルターを通して「必要とされている感」を感じられるフィードバックを受ける事により、生きがいを感じられることもあるのではないか?

●「自己満足」と「他人のフィルター」のバランス感が大事ではないか?

●神に仕えることが生きがいになるのは何故か?

●神が生きる目的を与えてくれるからではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯哲学カフェ(哲学対話)が人からある程度必要とされ、私自身が熱中できるものになればいいなぁ!→そうすれば本当の生きがいになるだろう!

◯生きがいとは

① 「自分が」夢中になれる物事

②他人が自分を必要としていると「自分が」思える物事

③課題、問題、不安などが解決した「自分の」達成感

◯なくてもなんとかなる/楽しいだろうけど“重い”生きがいもあるといいなぁ

◯モヤモヤの課題

キーワード→「社会」「必要とされる」「自己満足」とは?

◯自己肯定できた。自分のためは人のため。

◯生きがいは自分が幸せであるためにはあったほうがいいと思うが、生きがいの有無は多分に運もあると思う。

◯ ①自己満足 が大きいことをわかっていたい

②革命家(ヒトラーとか?)と良い人(ガンジーとか?)の違いとは?

後世に役に立ったか?

③知的な対話を楽しみました。ありがとうございました。

◯私の生きがい=自己満足だったのか…?

もう少しよく考えてみたいテーマが残りました。

面白い対話でした!

(記録:髙橋あずさ)

 

[第93回目の記録]テーマ「信じる」

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 93回目の人生カフェは、平成30511()午前10時〜12時、男性3名、女性3名、計6名で、プロント高田馬場店にて実施された。(進行役:髙橋あずさ)

 この日のテーマは「信じる」であった。

 まず各自にこのテーマに対する自分なりの回答、思う事や疑問点を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

 ◯何かを信じることが幸せにつながるのか?

 ◯信じる事はよいことか?

 信じない事はいけないことか?悪いことか?

 ◯「信じない」とはどのような考えか?

 ◯信じられること・ 人、信じられないこと・ 人、どうやって見分けるか?

◯信じられる理由は、対象にあるのか?自分にあるのか?

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

テーマ「何かを信じる事は幸せにつながるのか?」

●信じる=期待する?

●信じる「過程(プロセス)」と「結果」

●信じる過程と結果は別物である

●信じる過程には「信じられるとき」と「信じられないとき」の両方(ゆらぎ)が存在するのではないか?

●何かを信じる過程は「ワクワク、ドキドキ」する

●何かを信じる過程(プロセス)が幸せか?

●過程が幸せであっても、結果不幸になることもある。

●信じる=幸せを期待することか?

●信じる=納得できることか?

●信じる過程については、自分の意思で選択できるが、結果については運命や宿命が関係してくる(自分の意思が及ばない)こともある

●意図的に信じることと、なんとなく(直感的に)信じられることがある

●なんとなく信じられる(直感)は主観的なものであり、他の人と共有することはできない

●信じられない=不安。信じられる=幸せ。

●「信じる」の中にもレベルのグラデーションがある。

●無意識に信じていることと、意識的に信じること。

:無意識に信じていること…日常の出来事(いつも通りに電車が走っていることや、いつも行くお店が今日も存在していること等)

意識的に信じること…人や考え等

●「信じられる」と「信じられない」を分ける源は、情報量にあるのか?

●インターネットの普及で情報量が増えたことにより、逆に信じられないことが増えてきているのではないか?(人を信じられず、お金だけを信じている若者等)

●信じる事は、自分を助ける手段である

●信じる=期待(裏切られないだろうという期待)

●私たちは、日常的にいろいろなものを信じて生きているが、脳が慣れていて意識していないだけである

●私たちは「信じる」ということを日常的に使い分けているのではないか?

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯自分が信じている事は大切にしていきたい。信じられるものがあることが幸せ。

◯自分は意識していなかったが、信じられるものがあるから生きているのだろうと思えた。

◯何かを信じられる人は幸せ。でも、それは時と場合で使い分けたいねー

◯信じられることは良いことだ!

◯信じる…期待感・情報量・幸せ…

 今日も気づきの多い、良い対話でした。

◯高橋さんの哲学カフェのスタイルを極めてください。(本間氏は忘れて!)

(記録:髙橋あずさ) 

[第92回目の記録]テーマ「存在」

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92回目の人生カフェは、平成30428()午後130分〜5時、男性4名、女性3名、計7名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行:本間正己)

この日のテーマは『史上最強の哲学入門』(飲茶、マガジンマガジン・河出文庫) 4ラウンド 存在の「真理」の読書会という形式で行われた。

最初に、各参加者から読んでいてよかったと思ったところや印象に残ったところを挙げてもらった。

出されたものは以下の通りである。

◯存在するとは知覚されることである(バークリー)

◯主観的な意識体験

「現象学」って何…?(フッサール)

◯ある科学理論がホントウに正しいかどうかよりも「なぜそういう科学理論が脳の内側で生じたのか」という「起源」の方を問いかけるべき(フッサール)

◯存在とは人間の中で生じるもの。「存在」とは言葉であるということ。存在とは何かと問いかけているのは、明らかに人間である。(ハイデガー)

◯「そんなの(外側の世界)は思い込みに過ぎない」→独我論宣言

「一向にかまわん」(フッサール)

言語とは差異のシステム(ソシュール)

区別の体系(共時・恣意)がない→価値観の体系

◯存在とは人間の中で生じるもの

はっきりしている事は「存在」は言葉であるということだ(ハイデガー)

つまり言語とは「存在をどのように区別したいか」という価値観に由来して発生するものであり…

価値観の違いこそが言語体系の違いを生み出している(ソシュール)

◯あなたが見ている「世界」とは、あなた特有の価値で切り出された「世界」であり、その「世界」に存在するものは全てあなた特有の価値で切り出された存在なのである(ソシュール→飲茶)

以上のことを踏まえて、フリーな対話に入っていった。

●著者(飲茶さん)の書き方がわかりやすい。

●ニュートンは哲学者?

●ソシュールは言語学者であり、「存在」のテーマにカテゴライズされているのがピンとこない。

●従来の哲学書(誰々はこう言った形式)に対し、この本はテーマが明確になっていて面白いし、わかりやすいと思った。

●哲学用語が分かりにくい部分がある。例えば「現象学」とは?

●タレスの「万物は水である」という考え方が画期的である。

●人間が知覚する→存在する。(バークリー)

知覚=五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)であるとすると、知覚していなくても存在するものがあるような気がする(イメージや意味など)

●自分にとってリアリティーのあるものは存在する→他人と、この存在を共有できるかは疑問

●知覚する→ある(バークリー)

ある→知覚する(これまでの考え方)

●マッハの絵(表象)について(フッサール)

マッハの絵…見たもののそのまま

私達は実際には、マッハの絵のようにものを見てはいず、各自のバイアスが入った状態でものを見る…主観的な意識体験

あらゆる確信は全て主観的な意識体験から始まる(フッサール・現象学)

●フッサールの独我論について

そんなの(自分の意識の外側の世界)思い込みに過ぎない→いっこうにかまわん!

 ●主観と客観について

理解は自分のものでしかない→自分の限界→他人の心までは到達できない

●言葉は存在の家である(ハイデガー)

存在=言葉=人間と言えるのではないだろうか?

●価値を切り出しているものが存在である(ソシュール)

●存在と価値の関係

●対象を区別していない子供のときには見えていなかったが、区別をし始めた途端にその存在が見えてきたと言う経験がある(美人・不美人や、金持ちと貧乏の存在等)

●社会的な規範で対象を区別することも多い

●ソシュールの言語学

・差異のシステム

・共時性(これまでの通時性に対し)

・恣意性

●五感で知覚できる→信じられる→存在する

●五感で知覚できないものの存在、非存在(形がないもの)の存在をどう考えるか?

数字、刑事のカン、職人技、愛、ペガサス、小説の登場人物など

●結局のところ「存在する」という概念の由来は「物質があること」ではなく、「精神が知覚できること」からきており、僕らの精神の知覚そのものが存在であると言わざるを得なくなる(バークリー)

●数字の「1」を知覚→どうやって?→先天的か後天的か?→人間に先天的に備わっている?

●知覚できることは、個人的体験によるものでは?

●体験しなくても理解できる、人間に普遍的なものもある(数字の概念等)

●心理学のカウンセリングなど、クライアントの主観的意識体験を大切に扱うが、これは現象学が源となっている

●カウンセリングやコーチング等の源泉はソクラテスの問答法にあるのではないか?

●哲学カフェのファシリテーター=促進者=陣痛促進剤?()=産婆術(ソクラテス)=苦しみながらも新しいものを生み出す存在

●価値と存在

●存在そのものに価値がある?

行動に価値がある?

●行動しなくても生まれる価値がある→体験価値(フランクル)

・創造価値

・体験価値

・態度価値

●主観的な価値と客観的な価値

●人間が2人以上いるから価値が存在するのではないか?(山の中で一人きりの三年寝太郎の価値をどう見るのか)

●存在の価値は関係性に由来している

最後に対話を通しての自分なりの感想を述べてもらった。

◯価値って誰が決めるの?

自分だけで全て決められないでしょう!

価値はどう出来上がっているか?

◯「存在」と言う言葉

ヘラクレイトスからニュートンまでは「物」「物体」の意味。

バークリーからソシュールまでは

「物があること」の意味で使った。

◯話を進めていく中で言葉の定義のズレを認識した。

それは発見だったと思う。

  ◯哲学的な本をベースに各人の言葉で対話できたことが楽しかった。

◯存在(ある)を意識すると無が出てくる

価値(ある)を意識すると無価値があらわれる

そのことを考えたい

◯「価値」

もっといろいろと聞きたかったです…

 (記録:髙橋あずさ)

 

[第91回目の記録]テーマ「対話が深まるとはどういうことか?」

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91回目の人生カフェは、平成30420()午後7時〜9時、男性6名、女性5名、計11名で、新宿消費生活センター分館にて実施された。(進行役:本間正己)この日のテーマは「対話が深まるとはどういうことか?」であった。

  まず各自にこのテーマに対する自分なりの回答や思う事や疑問点を出してもらった。

 出されたものは以下の通りである。

◯混沌(もやもや)から抜け出る(突き抜ける)

◯変化すること

自分の中から出てきた言葉

議論、会話と違うところ?

◯終わった後の充実感

参加者が自分の言葉で発言できている

参加者が考えている

また参加したいと思う

◯「親密」「考える」「優しい」

◯根

◯・共感・同意・理解(対立点含)

◯意味づけ

◯対話と友達

・歯車がかみ合う

・おしゃべりのだいごみ

・ホンネの楽しみ

◯・共感(必要なこととして…頭で分かっただけで対話が深まっていくのか?疑問)

・追体験(共感を軸として、他者の体験を自分ゴトとして考えていく)

・ユリイカ(わかることの快感)

◯集団(狭義の対話) /個人(内省)~(広義の対話)

「狭義の対話」の深まり=普遍性

◯お互いが「ここちよく」話しができている時、状況かな?

◯相互作用→誰が言った意見か分からなくなる

 以下は、出されたものへの疑問や説明の形で出されたものである。

●対話には、話し手と聞き手が存在する。

●「哲学対話」と「ビジネス対話」の違い。また「雑談」「会話」「おしゃべり」「議論」と「対話」の違い

●聞いているだけの対話(自分が変わる)もある

●自己内対話(内省)もある

●意味付け=発明である

●混沌から抜けてなくても、対話が深まっている時もあるのではないだろうか?

●対話が深まっている…主観的な「噛み合った感」「本音が言えているかどうか?」

●「お互いがここちよく話ができている状況」…否定的でない雰囲気。「快」の感覚を感じる時

●「集団の深まり」と「個人の深まり」は分ける必要がある

●「集団の深まり」=場にいる人の普遍性

(場にいる万人の納得感)

●「相互作用」と言う言葉で思い浮かんだ事…ジャズバンドの中の1人のアドリブで、そのアドリブにメンバーが呼応し、どんどん演奏が深まっていく様子

●相乗効果(シナジー)

●インタラクティブ

次にこの中から今回のテーマとなるものを多数決で1つ選び、フリートークへと入っていった。

 テーマ「相互作用→誰が言った意見か分からなくなる」

●「対話が深まる」とは「自分が高まる」ことだろうか?

●人間関係=相互作用である

●「対話が深まる相互作用」もあれば「対話が深まらない相互作用」もあるのではないか?

●相互作用は「生きている者同士」でしか起こらない

●「誰が言った意見か分からなくなる状況」について

・場が盛り上がってくる

・心地よさを感じる

・対話の広がりと深まり

・みんなの納得感が出てくる

●混沌→相互作用→深まり

●「会話」「議論」と「対話」の違いについて

メンバー…「会話:同質」「対話:異質」

テーマ…「会話:変化する」「対話:変化しない」

ルール…「会話:無」「対話:有」

場の設定…「会話:自然発生」「対話:人工的発生」

結論…「会話:無」「対話:無」「議論:有」

●対話が盛り上がるとは?

●盛り上がる=深まる?

●盛り上がる=歯車が噛み合って、話が回っていく?

●とある哲学カフェでは対話がボケとツッコミの繰り返しになり、盛り上がった

●ボケ=広がり(混沌)、ツッコミ=深まり(まとめ)

●深まり=疑問を持つ→考える?

●共感(興味・関心)がないと対話にならない?

●共感がなくても対話は深掘りしていける?

●同調≠共感